<学園生活 2>





長い廊下を一人靴音を立てながら歩いていた少年は、最近の居場所になっている学習室へと向かう。
巨大な図書館とは別で、辞書やら文献やらが納まっている場所である。
「よっ、どこいくんだよ」
「……学習室」
声をかけてきた相手は寮での同室の相手で、同い歳。
「なー、いまからさー」
「ほっとけよそんな奴」
「優等生だからってお高く止まってんの」
彼と一緒にいた何人かがそう言うと、彼はもう一度自分が声をかけた少年を見やる。
「ラウロ、遊びにいかねー?」
「いい」             
「そっか、じゃあまたな」

ひらひらを手を振って去っていく彼の事はすぐに忘れて、ラウロは学習室の扉に手をかける。
自分でやりたい事があって目指したいものがあってここに来たわけで。
お前達みたいに遊びたいんじゃないと腹の底で呟きつつ、きいと開くと、ほとんど人気はなくて、ただ奥の方の机に山と本が積まれていた。
誰がいるのだろうと思って歩みを少し進める。

「…………」
黙々と何冊もの書を読み飛ばしていた少年が、ラウロの接近に気付いたのかぴょいと顔を上げた。
「あー……」
先日、グリンヒルへと来た少年だ。
政事と経済という二つの講座で同じクラス。
ここ、グリンヒルで学ぶのは子供ばかりだが、その中でとりわけ目立っている。
「よーラウロ」
「…………」
ラウロはリーヤの前に積まれている本をちらと見る。

「それ、紋章か?」
「あー……そんなとこだな」
歯切れの悪い口調で言って、リーヤは少し首を傾げる。
頭の高い位置で結われた薄い茶色の髪がゆらりと揺れた。
「何しにきたんだよ?」
「勉強」
へえ、と呟いてリーヤは読んでいた本を閉じる。
横に積み上げ、次に経済の本を手にする。
「そんな難しい本、読めるのか?」
自分でも歯が立ちそうにない難解なタイトルのふられた本を手に取りぺらと開いたリーヤに問うと、流すだけだからと事なげに返された。

正面に座って彼の読むのを見ていれば、確かにぱらぱらとめくって時々横の紙にメモを取り、次の章に移っていくのだが、そのスピードが半端ではない。
なんとなく気分を害されて、ラウロはその辺の本棚からまだ読んでいない政治論の本を取り出した。
開いて目を走らせるが、やはり難解な内容である。

しばらくなんとか咀嚼しつつ格闘していたラウロが、ふっと目が疲れて顔を上げると、足を机の上に乗せて、椅子を傾けつつ大きな本を膝に乗せてゆらゆら椅子を揺らしつつ。
……本を読んでいるリーヤの姿があった。
「なに、してるんだ……」
「読んでんだよ」
「危ないだろう」
顔をしかめてお節介な事言うなよと言い捨て、リーヤはいっそう体を揺する。
見れば先程よりさらに五冊くらいの本が脇に積み上げてあって、驚いたラウロはまじまじとリーヤの顔を見つめる。

「あんだよ?」
「いや……それ、何の本だ」
「これ?」
古代の遺跡についてとか諸々だけどほとんど神話だぜと言いながらこちらへ向けた中身は。
「……まさか、シンダル語……」
「? そーだけど」
「よ、読めるのか!?」
「は? フツー読めるだろ?」
「読めるわけないだろう、学者だってほとんど読める人間はいないんだぞ」

驚愕してラウロはリーヤを見つめる。
彼の緑の目がじっと見返して、ふいっとそらされた。
「……そっか、フツー読めねーのか……」
「当たり前だ、どういう環境で育ったんだ」
んー……と言葉を濁らせて、リーヤは別の本を引っ張り出すと、それを開いてラウロの方に差し出す。
「これは?」
「大陸外の言葉か?」
「そうだよ」
「……読めない」
「…………」

黙ったリーヤはしばらく何かを考えているような表情だったが、ふっと焦点をラウロに合わせると尋ねた。
「俺さぁ、同じくらいの歳の奴と一緒にいるの初めてでさ、どーすりゃいーのかわかんねーんだよ」

ラウロはその言葉に眉をしかめる。
一体どういう場所で育ったんだこいつ。
シンダル語を含む多くの言葉が読めて、しかも難解な文章を読み飛ばす。
……ありえない。

「ったくいきなり引っ張って「頼むから常識学んで来い」とか言って放りこんでくんだぜ!?」
「……常識」
そんなものをグリンヒルに学びにくるな。
「ラウロは? なんでここにいるんだ?」

「僕は……」
一旦止まってから、ラウロはもう一度じっくりリーヤを見た。
世間知らずというか確かに常識が抜けていそうなのは、先日からの言動で分かる。
それに、歴史に詳しかったし。
それなら、言ってもいいかとなんとなく思った。
「この国の英雄、知ってるだろ」
「ああ……二百年前の統一戦争?」
「そう、その時の反乱軍軍師を務めた初代デュナン宰相のシュウ様が僕の憧れなんだ」

その今までほぼ無表情に近いものがあった顔に初めて喜色らしきものを浮かべ、銀髪の少年はその青い目を煌めかせて言う。
初代デュナン宰相の。
シュウ。

「あの方がまさに反乱軍を支えてたんだよ、宰相になってからも特に経済面においてはデュナンは飛躍的に進歩した」
「……ああ、うん」

――はーい、リーヤに質問でーすっ。なんでデュナンは統一後すぐに安定したんでしょうか?
――答えは、トランの某貴族が積極的に関税をとっぱらったり色々便宜を図ったからでーす。
――なんで? ほらシュウとはまあ色々とあったしセノの国だしね〜

「執筆された本でも、冷静な理論に冷徹な判断、狡猾ともいえる手段を選ばないその行動」

――シュウは……人使い荒かったなー
――っていうかルカを倒した時のあの作戦は人としてどうかと思うけどね……
――あれはシュウが顔色一つ変えずに命令したよ「やれ、あるいはあなたが死ね」って

「歴史に残る大宰相だよ、僕はシュウ様みたいな人になりたいんだ」

――なんてゆーかさ、僕が言うのもなんだけどあれは人として間違ったよね歩む方向を。
――なんたって仲間になる条件に捨ててもないコイン探しですからね。
――……どーしたんだよそれ。
――親切な方が、コイン投げ入れてくれました。

「……と言うと皆笑うんだ」
「……いや、いい夢だと思う……けど」

――ひっでーなそいつ!
――でも軍師としては優秀だったよ。
――セノもがっつーんと言ってやりゃあよかったじゃねーかっ!
――うーん……シュウにがつーんと……僕は無理かな……
――シュウはねー、ルックに負けず劣らずおよろしい性格してたからね。
――あんたが言うな。

「シュ、シュウを目指すのは……ど、どーかな……と……」
「素晴らしい人だよシュウ様は」
「……まあ、ある意味そーだろーけどよ」

そういえばここにひっぱって来たテッドが言っていた。
――リーヤ、友人は大事だぞ友人を選べよ、知り合いで人生左右されるぞ、いいか知り合う相手はほんっとうに大事だぞ、っつーか不可抗力の時もあるけど諦めるなよ……

「リーヤは憧れてる相手とかいないのか」
「……あ゛ー……」

昔はトランの英雄とか。
海の王者とか。
……憧れてた時期もほんの一時あったけど。
「普通、誰が人気なんだよ」
「やっぱりここではデュナンの英雄だな。トランの建国の英雄も」
「……ああ」
「でも亡国ハイランド皇王も歴史のロマンといえばロマンだろう」

――ハイランド皇王し……死亡……してねぇじゃん。
――あはははは。
――笑ってねーで答えろよジョウイ!
――色々あったんだよ。
――……もしかしてお前、国捨てたわけ?
――……色々あったんだってば。

「ロマン……なのかよ」
「ハイランドの最期を華々しく飾った皇王だしな、ジョウイ=ブライト一世」
「…………」
「実はあの後生き延びたとか言われてるぞ、死体がなかったらしいから」
「…………」

「二百年くらい前ならグラスランドの破壊者一行とかも習ったな」
「…………」
「謎の仮面の男がな、興味深いと思ったよ。最後はまあ瓦礫の底に埋まってしまうんだけど……」
「…………」

――クロス、これおかしくねぇ?
――ああ……そこね、ルック死んだ事になってるもんね。
――なんでこーなってんだよ? 嘘なのか?
――あの時はねー、ルックが倒される直前に僕達が殴り倒して連れ帰っちゃったから、向こうの面子が立たなかったからそうなったんだろうね。

「あとは、ハルモニアの高官とかその子供とかグラスランド出身者とか」
どれも違う。

「でもやっぱり僕はシュウ様が一番凄いと思う」
「……あそ」
「リーヤは?」
「……グレミオかな」

色々最強だったらしいから。
心の中で付け足した。



悪いテッド、俺なんだか友人って不可抗力って分かったっぽい。
えーっと、類は友を呼ぶ? 
……いや類じゃねーけど。


 




***
……もうちょっとぎすぎすした関係にするつもりが、思いの他……。
(ラウロこの時点では普通の子だけどやっぱりシュウに憧れる時点で色々)
どっちもはみ出しッ子です、だからね仲がいいのたぶん。

頼むからお前らくらいはまともな友情築いてほしいけどそうもいかなそうな(今後の予定表を見て溜息