<学園生活 1>





「ラウロ」
教師に声をかけられて、ラウロと呼ばれた少年は振り返る。
短くそろえられた銀髪に、冴えた青い目を持ち整った容貌をしている。
「新入りが入った、面倒を見てやってくれ」
「……はい」
面倒だなと思いつつ、片手に抱えた本を持ち直す。
真直ぐ図書館に行こうと思っていたらこれだ、大人しく部屋で勉強していればよかった。

僅かに後悔しつつ教師の後について歩く事しばし、廊下を早足で歩いていく相手を追いかける。
「実は、彼はトランからの学生でね、君はラナイからだったか」
「はい」
「うむ、異国出身同士仲良くやってくれ」

ラウロの出身国はラナイ王国。ハルモニアとデュナンに挟まれた国である。
彼はとある理由の元、単身グリンヒルへ学びにきていた。
品行方正成績優秀の彼は、教師には可愛がられている。

教師には。

ある教室の扉を開けて、教師は中へ声をかける。
「リーヤ、待たせたね」
「おっせーよ」
「……ラウロ、彼はリーヤ。今日からここの生徒になる」
「そうですか」
淡白に返して、ラウロはリーヤと呼ばれた少年を見た。
年は十程度、ラウロより二つ三つ年下だろう。
高い位置で薄い茶色の髪を結わえているのは青いリボンだ。
緑色の目が小生意気な色を発していて、座っている場所はなんと机の上。

先ほどずいぶんぞんざいな口を教師にきいていたが、親戚とか知り合いなのだろうかと思いつつ見つめていると、ぴょいと机から飛び降りた。
「ラウロはとても優秀な生徒だ、色々教わるといい」
「地図ねーの地図、迷いそーでしょーがねーんだけど」
「それは覚えてもらうしかないな、所々案内はあるが」
ラウロと視線が合って、リーヤと呼ばれる少年は首を傾げる。
「えーっと……ラウロ?」
「そうだ」
「いくつだ? 俺は十」
「十三」

そっか、十三かーと頷いたリーヤは、教師にひらひらと手を振った。
「もういいぜー、あとはラウロで」
「ではよろしくな、ラウロ」
くれぐれも、と念を押されてラウロは僅かに眉をしかめる。
その顔のまま向き直った相手は、彼の数歩前をきょろきょろしながら歩いていた。
「すっげー、広いな」
「……当たり前だ、ここはグリンヒルだ」
「授業っていつから始まるんだよ?」
「あとしばらく。今日はどの講座が入っているんだ」

ラウロの青い目を向けられて、リーヤは教師に渡された荷物を引っ張り出す。
「歴史」
「……なら僕と同じだ」
こっちだ、と言いながらラウロは歩き出す。
その後を小走りについてくるリーヤ。
……早く、面倒事よ去れと思った。

                                                       








教室でラウロの隣に座ったリーヤは足が地面につかないのでぶらぶら泳がせていたが、授業が始まっても教科書を開かないのを見咎めた教師が注意する。
「教科書を開いてください」
「いーんだよ、この本中身知ってっから」
「……リーヤ、授業とは教科書に添って行われている物ですよ、教科書百七十四ページを開きなさい」

「太陽暦428年、ハイランド王国軍が侵略をはじめ、ミューズ市長が亡命、残されたミューズ市軍による抵抗運動がはじまった。
市軍を率いていたのはゲンカク、のちのデュナン王の養父である。
当時のハイランド軍を率いていたのはロベール=ブライト、賢帝とは言われずともその手腕は確かだった。
だが実際その功績の大半を支えていたのはゲンカクの旧知でもある第一軍団長ハーン=カニンガムである。
その後432年、ゲンカク率いる同盟軍がグリンヒル市とマチルダ騎士団領の奪回に成功。
434年一時停戦協定が二国間に結ばれるが、キャロという一部区域での所有権についての問題勃発。
ゲンカクとハーンは一騎打ちへともつれ込むが、これは罠でありゲンカクはそれを断念、その結果国を追われる」

そんなところじゃねえ? と教師を見上げて生意気に光ったその目に、相手は絶句する。
市軍を率いて抵抗した人物の名前はともかくも、彼がデュナン王の養い親であったという事は、近年ようやく文献を紐解き明らかになった事である。
そんな事まで、なぜ。

「でもなー、その後のデュナン統一戦争で英雄セノは十四だし、酷い話もあったもんだよなー」
「……リーヤ、お前」
「そう思うだろ? 大体最後の皇王とかいわれてるジョウイ=ブライトは皇家に縁あったとはいえ婿養子だし」
「……リーヤ……あなた……」

ラウロと教師と、その他大勢のクラスメイトの視線を浴びて、リーヤは何? と思わず返す。
「なんで、当時の英雄の年齢なんて、知ってるんだ」
「確かに最後の皇王は皇家縁の血筋の婿養子だけど、なぜそれを……教科書には載ってませんよ」
え? と首を傾げたリーヤを中心に全員が固まっていると、ダンッと音がして扉が開かれ、つかつかと中へ無言で進んできた人影があった。
茶色の髪に濃い緑の服を着て、黒いブーツを履いた、職業不詳の男性。

つかつかと彼がまっすぐに歩いてきて、思わず生徒は道を譲る。
行き着いた先は、もちろん。

「テッ」
目を大きく開いたリーヤの頭をぐわしと上からわし掴みにして、ぐいと上を向かせると顔を近づけ低い声で囁いた。
「お前……言わなかったか、歴史は取るなと……?」
「いっ、てっ、いてぇっつーの放せよっ!」
「十秒内に言ってみろ、どういうつもりで取ったんだ歴史を」
「だ、だって俺好きだからいいじゃ、ぐっ、い、いてぇって!!」
「へーえ、五年間あの大先生と伝記マニアの授業受けても不満足かこの野郎」
「テッ」
「いいかこのクソガキ、俺はお前に「一般教養」をつけさせるためにここにぶち込んだんだ」
神学とか紋章学とか、育て親みたいなセレクションは止めろ。
政事とか経済とかそういうのを学べそういうのを。

「いいか?」
こくこくと必死に頷いたリーヤに、よしと言って手を放すと、青年は唖然としている教師へ向かって困ったような笑み浮かべる。
「授業の邪魔をしてすみません、講座の選択に行き違いがあったようで」
「あ、そ、そうです、か」
「おらこい、リーヤ、ったくほんと性格面では望みなしだなお前……」
ブツブツ呟きながらリーヤの首根っこを引っ張っていこうとした青年の手を、無言で押さえてラウロは自分より高い背を見上げて言った。
「どこで、習ったんだ、そいつは、そんなことを」
青年の視線がリーヤへと向けられる。
しばらく黙っていたリーヤは、ゆっくりと口を開いた。
「……俺、歴史研究してる人に、育てられたから」

んじゃぁなラウロ、後でな。
そう言ってたったったと走って出て行ってしまったリーヤを見て、ラウロは視線を教師へと移す。
「先生」
「あ、ああ……えっと、それでは皆さん教科書を……開いてますね、ではラウロ、まず……」
「先生、すみません」
「え?」
荷物をまとめて立ち上がり、ラウロは教室を出て行く。
ざわざわという生徒の声を背に、静寂が落ちる廊下へと出る。
一人立って天井を見上げていたリーヤが、振り返った。

「なにやってんだお前」
「さっきの人は」
「あーテッド? もー帰った。もともと俺をここにぶち込みに来ただけだしー」
「育て親って、どんな人だ。有名な人だろう、あれだけ色々」

「……あのさぁ、ラウロ」
物怖じしない眼で真直ぐ見つめられて、ラウロは一歩引いた。
聞いてはいけない事だったんだ、とその瞬間に気付いた。
だって、育ての親って事は、本当の親というわけではなくて、本当の親は、もしかして、もう。
「ここ、メシ、美味い?」
「……は?」
「いや、俺育てたやつがさー、料理上手くて」
「……あ、うん」
「っつーか料理人より上手いんだよなー……それでさ、メシ、美味い? そーいや腹減ったな、グレッグミンスターからノンストップの強行軍だったからな……ラウロ、メシって どこで食うの?」

毒気を抜かれて、ラウロは僅かにその唇を歪めた。
腹減ったと連呼する彼の顔は、確かに年相応に見えて。
だけど。

「……リーヤ」
「んー?」
「お前、一般常識ないだろ」
「……テッドにそれすっげー言われたんだけど」
何それ、と返されてラウロは今度こそ笑みを作った。
「普通、男の子は、髪を、リボンで、結ばない」
「……え?」

髪をまとめているリボンへと手をやって、きょとんとした顔でリーヤは返した。


 



***
出会い編……?
修正に修正を重ねてこんなのが。ラウロが……よく分からない(待

たぶんクロスとルックは目上の人への敬意という物を仕込みそこないました。
(ルックに至ってはご本人にもあるか謎ですが)