十三名。
微妙な笑みを浮かべた執事長に渡された女性リストを、シグールは一瞥すらせずに空中に放り投げる。
空に舞ったそれをはっしと掴んで、呆れ顔で小突いたのはテッド。

「なに現実逃避してるんだ」
「もーいいよー、僕は実はショクジンカって事にしておこうよ」
「……食人家」
横で聞いていたルックが口元を引き攣らせる。
「あるいはお稚児趣味とかさ」
「やめてくれ」

えーなんでーと口を尖らせたシグールだったが、ふっと真面目な顔になって呟く。
「でも、どうするのさ。確かにクロスは適役だったよ、でも抜きん出てるわけないだろ」
社交、見栄え、マナーに教養。
将来花嫁になるためだけに教育されている女性の間で、沈まないだけすごいと思うが。
「大丈夫だ、それなら考えてある」
にやりと笑ってテッドは言った。





<嫁選び>





筆記試験、食事マナーに得意な楽器演奏、ドレス選びのセンス、宝石鑑定、社交界著名人リストの訂正、等々。
課された試験はどれも予想の範囲内で、十三名の女性達は着々と確実に一つずつ完答していった。
上流社会叩き上げなので、この程度の事はそつなくこなせなくては話にならない。

「……シグール様」
「何?」
「採点結果でございますが……」
「うん、予想通りほとんど皆さんパーフェクト」

これではクロス扮するオベルの末裔のロゼッサを選んでも、嫌な後味が残るだろう。
自室で集計をジョウイにやらせていたシグールは、結果だけ眺めて溜息を吐いた。
「まあ一刀両断にするには惜しい人ばかりだけどねえ」
「ご結婚なさるのですか?」
「まさか、相手がかわいそうだ」
横から執事長に突っ込んだジョウイに、どういう意味かな? と笑みですごんでおいて、シグールは肩を竦める。

「僕はともかく、セノになんてお一人どう?」
「断る」
「なんで君が断るのさ」
政務のあるセノは早々に国へ帰っている。
なんでジョウイがここにいるのか――クロスの世話係という役割があるからだ。
「セノのあの愛らしさに勝る女性がいれば考えるけど」
「じゃあ上から三番目のステニー=エルヴェンは? 可愛かったよ、セノ系の顔で」

べし

「いっ、痛いじゃないかテッドっ」
頭をはたかれたシグールがきっと相手を睨みつけると、もう一発はたかれる。
「何するのさっ」
「お前の我侭で協力してもらってるんだから、少しは感謝の念を見せろ」
「ありがとー」
「棒読みするな」

べしっ

「いたいっ」
「痛いように叩いてるんだから痛いに決まってるだろうが」
「テッドの横暴ー暴力者ードメスティックバイオレンスだー」
「……帰って、いい?」
深く深く溜息を吐いたルックの言葉が、その場にいたテッドとシグール以外の全員の心境を代表していただろう。















「マクドール家は軍人一家です」
当主の言葉に、中央ホールでたむろしていた女性達は振り返る。
「ですが、同時に家族を大事にもします」
晴れやかな色のマントを纏った、若き当主は微笑む。
聞く噂によれば、ここの先祖である建国の英雄の生まれ変わりと言われるほど似ているそうだ。
……実際はご本人なのだが。

「私も、生まれてくる子には暖かい家庭を用意してあげたい」
ですから、と穏やかに言葉を繋げる。
「今から皆さんの、掃除洗濯裁縫料理の能力鑑定をさせていただきます」

……え?

女性達の最初の呟きはそれだった。

通常、ここまでの貴族となれば使用人が何十人もいるのは当たり前。
掃除洗濯裁縫料理――いわゆる家事なんて必要ない。

「貴族の女性といえども、最低限の嗜みはなくては話になりませんからね」
笑顔で言い切って、当主は踵を返した。
「さあ、何を待っていらっしゃるのですか? 服は用意させていただきました、早速掃除を始めましょう」





鬼だろ、あんた。
呟いてルックは高みの見物を決め込んでいる。
腰かけているのはホールへと下りていく階段の手すり。
ぶらぶらと足を動かしながら、階下を見つめていた。

「根っから貴族のお嬢様に、よくもまあ」
ホールに蠢くは地味な色の点。
テッドが用意させた粗末な服を身に纏い、女性達は屈辱に必死に耐えようとしていた。
相変わらず赤貧生活のルックに言わせれば、その服だって十分上物なのだが、貴族の視点から見れば粗末だ。

手にしているのは全員一律して雑巾。
……モップとか箒とかハタキならともかく、床に這いつくばって使わなくてはいけない雑巾をあえて出してくるあたり、企画者の性格の悪さが覗える。

女性達の反応はだいたい二分され、服すら着るのを嫌がるのと、着るは着ても雑巾を握らされ顔を真っ赤にしているのとだった。
それでも全員が服を着た時点で、執事長からお達しが下る。
「制限時間は一時間、使用する道具はあちらに置いてある物を、バケツの水は汲んでおきましたのでそちらを適宜使用すること。
途中で止めたり休んだりした場合、これ以上の続行の意思なしと見なし、早々にご帰宅願います」

鬼だ。
まさしく鬼である。

「まあこれくらいはな」
「……ここまでやらすか」

涼しい顔で笑ったテッドをじと目で見て、ルックは階下に再び視線を向ける。
開始の合図があっても、何をどうしたらいいかわからない人が大勢を占めるのだろう、立ち尽くすだけである。
そんな中、一人長い髪を紐で括り上げ、屈辱に耐える様子もなく話を聞いていた人物が、率先して動き出す。
置いてあったハタキを手にして、飾ってある調度品をぱたぱたとたたき出す。
次いで、手にしていた雑巾をバケツの水で濡らし、じゃっと音を立てて絞ると、丁寧に調度品の乗る台を拭いていく。
誰も動き出さない中、一人で調度品の手入れを終えると、今度は雑巾を洗って絞りなおし、床の上に置くと両手で押さえた。

タタターッ

軽やかにホールを雑巾をかけながら走り、反対側についてふう、と息を吐く。

「よーやるわな、あいつも」
「……他、動きもしないんだけど」
「だな、そうであれば楽なんだが」

のろのろと、他の女性も動き出す。
やり方はてんでなってなかったり、色々と問題があったが。
結局、時間がくる前に一人の女性の驚異的な働きによって、全ての掃除が完了してしまった。

「はい、やめー」
上からテッドが声をかけると、女性達の動きがぴたりと止まる。
一気に見上げてきた視線を受けて、ルックは顔を歪めた。
先日の時とは全く違う服装をしているので、同一人物とは思われないだろうが、なんか痛いんですが。
「執事長、次洗濯」
「かしこまりました」
テッドの言葉に一礼をした執事長が使用人に声をかけると、十三個のタライとシーツが運ばれてくる。

「それじゃあ頑張って洗ってくださいねー」
上から相変わらず高みの見物状態で言い放ったテッドを、ルックは呆れて見やった。
「なに怒ってるのさ」
「俺は怒ってなんかないが」
「今更よその女に取られそうとかそういう仲じゃないだろ」
「ルック、俺は今機嫌が悪いんだちょっとは黙ってろ」
「……怒ってるじゃないか」
「うっせぇ、お前も混ざれるように落としてやろうか?」

にこりと。
明らかに真っ黒い笑みで言いやがったテッドから少しだけ身を離して、ルックは沈黙を決め込んだ。










「というわけで、みんな怒って帰っちゃいましたとさ、ちゃんちゃん」
その日の夕方、シグールにそう報告したクロスは笑う。

あの後、シーツの洗濯をやらされ、洗濯干しをさせられ、アイロンかけをさせられ、次いで針仕事を延延一時間、それが終わったら今度は夕飯を作れとのお達しが下り。
厨房で料理なんて、慣れないとまず無理なわけで。
そこまで必死に耐えていた女性達も、ついに泣き出す人が続出する始末。
その時点で人数は半分以下だったが、止めと言わんばかりに「食材」のところに蛇なんて置いてあった。

「……まあ、これで懲りるでしょ」
そこまでやったのかとシグールは今後の取引云々を考えていたのか、乾いた声でそう呟く。
「容赦ないねえ」
「ねー。僕は日常だからよかったけどね、というかアイロン台が大きくて感動したよ」
「……買えば?」
「広げる場所がない」

あそう、と笑ったシグールに、ジョウイが立ち上がって言った。
「じゃあ僕は帰る」
「帰ろう、クロス」
「ああ――うん、それじゃあね」

手を振って消えた三人にじゃねーと返したシグールは、にっこり笑顔になって、ソファーに座っていたテッドを後ろから抱きしめる。

「テーッド」
「ん?」
「やっきもっちさんv」
「……わかってたなら止めてくれ」
「やだー、楽しかったもーん」
けらけらと笑って、シグールは頭をすり寄せる。
「やっぱり影から見てたか」

苦笑したテッドにシグールは返さず、ん〜となにやら鼻歌を歌いながらしばらくそうやって引っついていた。
 

 




***
200年後シリーズでのテド坊の扱いがわかりません。
おそらくルックにも不幸の星が回っております。