山と積まれた手紙の封を開け、その数枚に目を通したシグールは蒼白になって立ち上がった。
「最速の連絡鳥をっ」
「どうしましたかシグール様」
「どうしたシグール」
「……テッド、僕は、泣きたい」
項垂れた当主を不気味なものを見る目で見て、執事長とテッドは視線をかわした。





<縁談>





「お願いっ!」
両手を合わせ低姿勢なシグールを見て、クロスは苦笑する。

連絡鳥が飛んできて、すぐにルックのテレポートでマクドール家本家に来たのだが……。
「ちゃんと説明してくれる?」
クロスの隣にはルックが座っている。
紅茶の入ったコップを傾けるのと同時に、肩まで伸びた髪が揺れた。
「実は……縁談なんだ」
「ブッ」

紅茶を吹いて、ルックが唖然とシグールを見つめる。
「誰に?」
「僕に決まってるだろっ」
「なんてチャレンジャーなんだ、僕はその勇気を讃える」
「……どういう意味かなルック」
嘆息してシグールははあとソファーにひっくり返ると、テッドの膝の上に頭を乗せた。
いつもならここでもっと黒い微笑みが返ってくるだろうに、そんな余裕もないのか。

苦笑してシグールの髪を梳きながらテッドが説明の続きをした。
「マクドール家は事実上国を握る一族だからな、今まで居るかいないのかすら不明なその当主が、確かに現在本邸にいてしかも独身だと聞いて、それこそ縁談の話が山の如く」
「断れば?」
「どこも交易のお得意さんで、理由もなしに断れない」
「だって、こっちは不老だよ? それをこう、こっそり内密に……」

クロスの提案に、テッドは苦い顔で首を振る。
「数名既にその話したんだが、それでもいいそうだ」
「え?」
「あれだろ、よーはコネがほしいんだろ」
むしろ信じてないというのが正しいだろうが。

ってゆーか僕達子供できるの?
シグールの言葉に、ルックはさあねを肩を竦めた。
「試してみれば? あんた以外でね、あんたそっくりの子供ができたら世の迷惑だ」
「でもさ、万が一子供ができたら困るんじゃねぇ?」
「べっつにー? そしたら僕はようやくご隠居だね」
先日の一族会議を見る限り、彼らがシグールを放してくれるとは思えないんだが。
むしろ、一族総出で、その後継ぎの方をどっかに追いやりそうだ。

「で、僕らを呼んで何させる気?」
クロスの言葉に、シグールは上半身を起こす。
両手を合わせて、深く頭を下げた。
「お願いっ、テッドじゃ無理ありまくりだし、こんなこと頼めるの二人しかいないんだっ!」

「……何を」
「女装して僕の婚約者の役をお願いっ!!」
「「…………」」

クロスとルックは一瞬の沈黙の後、顔を見合わせ、次いで二人全く同じタイミングで口を開く。


「「断る」」


「うわあああーーっ、ホントお願いっー!!」
涙目になったシグールは頭を抱え叫びつつ懇願する。
……こんなシグール、うん百年の付き合いで初めてみたような気がする。
ジョウイとかジョウイとかジョウイとかなら結構見ているんだが。
「国の内部にコネクションあるでしょ、そっち伝って何とかしたら?」
「……現大統領の一人娘が候補なんデスガ?」
「適当に美女見繕ってくるとかさ」
「本気になられたら迷惑だろ……っつーか貴族の心得仕込むのに何年かかると思ってるんだよ……?」
ブツブツ呟きだしたシグールは、危ない。
笑顔で毒を吐いたり、据わった目で黙っていたり、そんな段階を越えるとこれになる。
今はキレて右手を振りかざす事こそないもの、それ以外は結構何でも起こりうる。

おかげで彼と出会ってからルックのテレポート発動時間は飛躍的に短縮されたのだが、最近は落ち着いていてあまり使っていないので正直間に合うか微妙。
「逃げるとか」
「僕が逃げたら十中八九この国の経済破綻するけどいいの……?」
項垂れたシグールがこの世の終わりのような声で言う。
「テッド」
「俺に振るなバカヤロウ」

既に執事長および当主代理共に延延とこの件についての愚痴を聞かされていたテッドは、顔をしかめて首を振る。
「諦めて一番マトモなの選べ、がマクドール家の結論だそうだ」
一人正妻を決めれば、たぶん騒ぎは収まるだろう。
俺は反対なんだけど、と言いかけたテッドの前にルックが口を開く。
「それでいいじゃん、なんの問題が」
バカらしいと溜息を吐いたルックに、シグールは疲れた笑みを見せる。
黒さがない分、むしろ恐ろしい。
「ルックは……好きでもない人と夫婦になれる?」

しばらくその問いに真面目に考えこんだルックは、隣のクロスをちらとも見ることなく、頷いた。
「それしか道がないなら」
「……そっかー……そーだよねー……」
しょーがないなぁと呟いたシグールだったが、話の展開を追っていたクロスがあのさ、と切り出した。
「今の会話、相手の人のこと完全無視してない……?」
「考える必要、あるの」
「ないよね」
「ない」
「……いや、あるだろ……お前ら、ほんっとうに成長しないな」
顔を見合わせてないないと頷くシグールとルックに、眉間を押さえたテッドが突っ込む。
シグールはざっと四五十年くらい辛抱すれば、それではいサヨウナラで済むが、相手の女性は一生を棒に振る事となる。
それはさすがにどうかと。

「でも、向こうが言ってきたんだよ?」
「別に、その後の人生なんて覚悟済みでしょ」
「お前ら……たまには一個人の幸せ考えろよ……」
「僕は他人なんて知ったことじゃないね」
「僕の幸せを壊す相手になんか容赦しないよ」

……クロス、何とか言えよ
シグールの躾は君の仕事じゃないか
バカ言え、俺とグレミオさんと総出でやってもどーにもなんなかったんだこいつは
そりゃ君の技量の問題だろ?
俺の技量なんざとうにオーバーヒートだよ、お前こそルックはどーなんだあの性格
ルックはレックナート様の管轄だよ、どうして僕のせいになるのさ
レックナートが育てたのが問題か
当たり前じゃないか、これでも僕は軌道修正入れたよ
どこをどー変えたんだ
嫌いな相手とも切り裂きなしで会話ができる
……人として最低限じゃないかそれ

「声もれてる」
「「…………」」
ルックの指摘に、目線で会話していたテッドとクロスは沈黙した。
「とりあえず会ってみて、適当に決めるか」
「お前、今の俺の話聞いてたか?」
テッドに半目で睨まれて、シグールは頷いた。
「うん、クロスとルックは手伝ってくれないんでしょ」
「そこじゃねぇだろ」
「――だって、逃げられないんでしょ?」
寂しそうに微笑んだシグールは立ち上がると、じゃあ僕仕事あるから、と部屋を出て行く。

相当まいってるね、と呟いてクロスは紅茶を口に運ぶ。
「そりゃお前、何通きたと思ってる……」
「何通きたの?」
「……三十五」
我が娘をマクドール家御当主の妻に。
その縁談話三十五件。
しかもほとんどが、一蹴できないお相手だったりする。
「どこか断れば角が立つ、そうすれば巡り巡って国益に影響する――あいつはそれだけはできない」
「国のため、か」
「……国民のため、だ」
どこまでも彼は、解放軍軍主であり、建国の英雄であり、シグール=マクドールなのだ。
その家の名前を捨てる事は、もう誰にも許されない状況。

これくらいは予想の範疇だけどな、と言ってテッドはポットを持ち上げ空になった自分のカップに注ぐ。
「え?」
「シグールが本家に戻ると言ってから、ずっとこうなるのはわかってたよ」
「秘策、あるの?」
ルックに聞かれて、テッドは微笑む。
とても優しい、けれど有無を言わせない笑みで。
「あんなシグール、放って帰れるか?」

「「…………」」
「……流石だ」
「忘れてたよ……」
「「……この、策士!!」」

お褒めに預かって光栄だ、とテッドは笑みを浮かべたまま答えた。










本邸が慌しい中、書類をまとめたシグールはぐったりとした顔で自室へ戻っていた。
今日の午後から、国内外を問わず、シグールに縁談を申し込んだ家の娘がここへ集ってきている。
何日間か逗留させ、いっせいに品定めをしようという魂胆なのだが、いっそもう籤でいいと思うようになってきた。

投槍りと言うなかれ。
シグールにとっては誰でも同じなのだ、結局。

「折角だから嫁の貰い手がなさそうなブスにしようかな……」
ベッドに寝転がって呟いていると、コンコンとドアをノックする音がした。
「シグール様、晩餐会が近いので、身支度の方を整えさせていただきます」
「ああ、入れ」
入ってきた三十ほどの女性は、笑顔で礼服を広げ、シグールが服を脱ぐのを見ている。
「ほとんどの方は既に大広間でございます。皆様とてもお美しいですよ」
「…………」
「シグール様?」
「……テッドは?」
呟いた主人の顔は、なぜだか泣き出しそうで、眉をしかめたのは一瞬。
女性は穏やかな笑みになって、主の手を握る。

「テッド様はご準備なさっていますよ、晩餐会ではご一緒されるとか……」
「……テッドは、嫌じゃないのかなあ?」
暗い瞳で呟いた彼が、親友と深い間柄であるのは、屋敷で働いている者は大方知っている。
「テッド様はきっと、それがシグール様に一番よいとお考えなのでしょう」
「……そうだね、テッドのやったことが、間違いだったことは、ないから」
切るような言葉で言って、シグールは礼服の袖に手を通し、自分でボタンを締めて上着を羽織り、飾りを整えてマントを羽織る。
腰布を整え、細身のネックレスを身につけ、差し出された当主であることを表す指輪を手に、逡巡してから右手にはめた。

「シグール様」
別の声がノックと共に響く。
「ご用意は」
「できた」
「皆様お待ちでございます」
「……今行く」

ブーツに足を押し込んで紐を締めた後、シグールはきりりとした表情でドアを抜け、一礼している執事の前を通り抜け、大広間へと向かう。
部屋に残った女性は、両手で口元を押さえ、震える声で言った。
「シグール様、は」
「……マーガレット」
「シグール様はっ――シグール様のお幸せは、どうなるのですか!?」
「シグール様の時は、永い――……」
「ですがっ」
「あの方の心配をするのは出すぎた真似だよ、マーガレット……あの方は我々の誰よりも、経験を積まれているのだから」
二百。
それが彼の年だという。
ほんの十五六にしか見えない少年の、歳。
「でも、シグール様は」
「……テッド様のご意向だ。我々は、それに従う」
「……なぜ? どうしてなのですか?」

あの二人がどれだけ親しくどれだけ互いを信じているか、一度見ればよく分かる。
毅然としているシグールが、唯一甘えていられる場所。
「ん? どうしたんだそんなところで……」
「テッド様っ……」
礼服に身を包んだテッドが、怪訝な顔で歩いてきた。
なぜこんな所に、と思ってシグールを迎えに来たのだろう、と頭が勝手に理由をつける。
「半泣きじゃないか……どうした?」
「い、いえっその、よろしいの、ですか?」
その言葉に、テッドは笑う。
「俺は、残念ながら今更あいつを手放すほど心が広くないらしい」

そう言って颯爽と去っていくテッドを見送って、マーガレットはその場にへたり込んだ。
「よ、かった」
よかった。










執事の言葉に、全員の視線がそちらへと向かう。
階段の上に立っていたのは、礼服に身を包んだ一人の少年。
若いとは聞いていたが、思っていたよりずっと年若いその姿に、人々は唖然とする。

「皆様、今宵はよくいらしてくださいました」
朗と澄んだ声が響く。
「十分に夜会をご堪能ください」
一礼。

そして、階段をゆっくり下りて、上から見えた見覚えのある人影へと向かう。
自分よりはるかに背の高い相手とも、臆す事なく会話するその小さな姿。
トレードマークの金環も赤い服もなく、シグールと同じく礼装の。
「――これはこれは、よくおいでくださいましたデュナン国王陛下」
「いつも様々な面でご尽力ありがとう存じます、マクドール家当主殿」
互いに一礼して挨拶をかわすと、セノはにっこり微笑んだ。
「お久しぶりです、招いてくれてありがとうございます」
「少しはこっちの社交界にも顔を出した方がいいと思ってね、お飾りの王じゃないってことの証明のためにも」
そうですね、とセノが言って今まで会話していた相手にちょこんと頭を下げる。
相手は相好を崩し、軽く手を振って返す。
「ずっと宰相に外交を任せるのもあれですから……」
「うん、ところで王佐は?」
いつもセノの側にぴったりいるはずのジョウイの姿がない。
一国の王ともなれば、護衛の兵士がいるはずなのにそれすらいない。

「あ、今日は――」
「今日の護衛は僕」
「……ルック、頼むから屋敷壊さないでくれよ?」
セノの背後の柱に控えていたルックが顔を出す。
シグールやセノより質素だが、普段の何倍も華やかで綺麗だ。
着飾った外見とは異なり、髪は無造作に下ろされている。
「そんな格好してると、男か女かますますわからないよ」
笑顔でいつも通りの言葉を吐いて、シグールはじゃあ僕全員を回らないといけないからと踵を返す。
その後姿を見て、セノは溜息を吐いた。
「大丈夫、かな……?」
「なんとかするでしょ、あんたの目下の心配は国交」
「……だね」





大統領にながらく捕まり、自慢げに娘を紹介されてシグールはげんなりした気分を顔には出さず、一礼する。
確かに自慢するだけあって美人だが、判断基準は顔だけではない。
教養、物腰、どれ一つとってもそつなくこなせないと話にならない。
ので、該当者はいませんでしたと……笑顔で追い帰せればいいのだが……そうもいくわけもなく……。

身分と年齢がつりあう国内全土の女性がこの場に集まっていると言ってもいいだろう。
陰鬱な気分になってシグールは手にしたグラスを揺らす。
「マクドール様、ご趣味は?」
武術。
特に棍で無心に打ち込む事。
あるいは悪戯。
あるいは。
「乗馬と音楽ですね」
「まあ、どの楽器を?」
「リュートにヴァイオリン、あたりでしょうか」

よるな香水臭い鬱陶しい。
次々と話しかけてくる女性達へ笑顔の裏では毒を吐いていたが、さしものシグールもこんな席で正々堂々と言うわけにはいかない。
……いや待てよ、もうここはいっそみんな平等に僕が極めつけの女嫌いってことにして……。

真面目にそこまで思考が飛んだ瞬間、肩にそっと手が置かれる。
「!?」
ばっと振り返ると、そこには笑みを浮かべた親友がいた。
「シグール様、お待ちかねの方がご到着でございます」
「…………?」
らしくない口調は場所が場所だから置いておいて。
ああやっぱりテッドには礼装とか似合うなあと思いつつ、シグールは彼の言った意味が分からなくて首を傾げる。
「あら、お待ちかねとはどなたのことですの?」
「さる王族の末裔の姫でございまして、シグール様ともお親しくしていらっしゃる方です」

待って。
ある王族の末裔?
親しくしていらっしゃる?
心当たり全然ないんですけどテッド君?

シグールが「??」と思いつつ、それでもチャンスだったのでちょっと失礼いたしますよと言おうとした時。
会場が微妙にざわつき、人が僅かだが割れる。
人波の間から、シグールが覗いたその先には。

長いウェーブのかかった茶色の髪が肘のあたりまで届き、暗い橙を基調にレースとベールをあしらった豪華だが上品なドレスを身に纏い、女性の割には高い背をなおも誇るように凛と伸ばし、後ろに金の髪を下ろした従者を従えて、堂々とした動きで入ってきた、一人の女性。
蒼い目の色は深く鮮やかで、紅の差された唇は赤く、微笑んだ顔は。

「……わぁぉ」
正直な感想を口の中で呟いて、シグールは歩み寄る。
にっこりと微笑んだ女性の、手袋に包まれた手の甲に小さくキスを落とした。
「よくいらっしゃいました」
「お久しぶりです、シグール様」
零れた声は落ち着いたアルト。
何をどうしているのかは、この際聞くまい。
手を引いてエスコートしつつ、ざわめく人々の間を縫って、先程話していた女性達の前に連れてくる。
並ぶと自分より背の高い「彼女」は、鮮やかに微笑んだ。

「初めまして、ロゼッサと申します」
「どちらの方で……?」
「オベル王家に連なる者です」
静かな微笑みを讃えてそういう「彼女」を、シグールはそっと横目で見やる。
生半可な嘘はすぐにばれる、どうしてそんな嘘を吐くのだろう。
確かにオベルは遠いけど、王家に連なるなどといったら必ず――。
「失礼ながら、印をお持ちかな?」
老獪な男性に尋ねられて、シグールは若干青ざめた。
ほうらきた。
群島諸国の小さな国といえども、腐っても一国である、オベルの印を知っている人物が全くいないわけがない。

しかし、微笑んで「彼女」は胸元からネックレスチェーンを引っ張り出す。
その先に下がっていた指輪をマジマジと見つめて、男性は溜息を吐いた。
「ご無礼を、姫」
「構いませんわ、それに直系というわけではありませんもの」
では失礼しますわ、シグール様、と微笑んで背を向けようとした相手が自分の横をすれ違う時、呟く。
「ありがと」
ぼそっと聞こえた言葉に、クロスは微笑む。
「どういたしまして」
ここまでずっと後ろに控えていた従者の服装をした人物に、笑いかける。
「悪いね」
「いや、いいよ」
金の髪を背に流し、簡素な服をまとったジョウイは、「オベルの姫」の従者という事で女性の扮装をしている。
目立たないようにと化粧と服装は控えめであったが、それでも二人並ぶと迫力があった。










 マクドール当主には本命がいる。
……なーんて噂があっという間に広まり、それでも負けじと残った女性十二名。
「そんなに金がほしいの……!?」
ソファーに座り突っ伏すご当人。
「いや、あれは純粋にお前に惚れたんだと……」
各々の意気込みを事前に聞いたテッドが呆れたように言う。
「あんた、顔だけはなんとか見れるからね」
「なんとか? どういう意味だよルック」
「美少年攻撃入ってなかったろ」
「……自ら美少年と名乗るだけ恥知らずじゃなかったんだよ」
遠い昔のチームの事を持ち出され、シグールは苦々しい顔で返す。
ようやくいつもの彼らしくなってきたが、やはり程遠い。

「どーせ篩い落としするんでしょ、そこで文句なしで僕が残ればいいんでしょ?」
そう言ったのは女装してシグールの「本命」役を務めたクロス。
現在は扮装を解いて通常バージョン中。
「そーだけど……食事マナー、教養、音楽、社交ダンス……できる?」
「馬術と料理と掃除洗濯、裁縫と子育てもできるよ?」
「「も」か……ソレハタノモシイ……」
信用してない? と聞かれて信用してないわけじゃないけどさと呟く。
「どうせなら関係者の親とか集めて審査やらせてさ、「勝ち残った人と結婚します、本人が望めば」とか言ってさ」
盛大に喧嘩売って来いとソファーの後ろから言うテッドに、シグールは苦笑する。
「それでクロス以外が残っちゃったらどうするのさ」
シグールの頭を撫でてテッドは笑う。
「その時は俺が攫ってやるから」
「ホント?」
「本当」

「……どこに突っ込めばいいのかわからない」
「長いことツッコミはテッドに任せてたからな……」
頭を抱えたルックにジョウイがポツリと呟いた。

「お姫様抱っこしてバルコニーから連れ出してくれる?」
首を曲げて身体を捻って、上の方にある視線と合わせて問う。
「連れ出してやるよ」
甘く笑って、また彼の手が髪を撫でた。

「……あのさ、嫁に行くんじゃなくて嫁もらうんだよね?」
「ロマンチックでいいですよねー?」
「ロマン? それロマンなの!?」
「やだなあルック、羨ましいならそう言わないと」
「違う!!」
はーはーとやり慣れない全力ツッコミをかましたルックは、荒い息を整えながら乱れた髪を手櫛で梳く。
「ルック荒れてるね?」
セノにそう言われて、ルックはそっぽを向いた。
「なんで?」
「……なんでって」
「シグールさんのこと心配なんだ?」
「それはない」
きっぱり答えて、ルックは五人の「なんで?」の視線にはーぁと溜息を吐いた。

「……だってさ」
「「うん?」」
「……言いたくない」
首を振りつつ立ち上がって、ルックは戸口で足を止める。
そうそう、と呟きながら振り返った。
「レックナート様が「シグールの結婚相手ですが、是非是非占いたいですね」って」
「……丁重にお断り申し上げて。あの人には星のなんちゃらだけ見ててもらって」
それはそれは残念だねと言い捨てて、今度こそルックは部屋を出て行った。

「……おいクロス」
「んー?」
このお茶菓子も絶品だねと、ルックが手をつけなかった分に手を伸ばしていたクロスがテッドの呼びかけに顔を上げる。
「フォロー」
「なんで僕が」
「……なんでって、お前そりゃ……ルックは、あれだろ?」
「うん、僕の女装に不機嫌なんだよね、しかもお相手シグールだし」
「……わかってんなら……」
「いーのいーの、あれくらいなら大丈夫」

いちいち追いかけてフォローしなくても平気だよ。
そう言ってクロスはお菓子を食べ終える。
「それに、ルックをセノのガードにつけたのは、テッドでしょ? 君にだけは言われたくないね」
「……ハイスミマセン」
「え、どういうことですか?」
セノの問いに、テッドは苦笑した。
シグールがしばし首を傾げて、あぁと呟く。
「僕の二の舞にならないように、セノの横にはいつも美人がいますよってアピールか」
だから護衛の癖に服が豪華だったり髪がまとまってなかったり、でかいジョウイより華奢なルックが護衛になったわけだ。
もちろん、クロスの体格のよさを誤魔化すためのジョウイだと思ってもいたのだが。

二重三重ご苦労だねとシグールに言われて、テッドは悪いなと簡潔に返す。
「だけど、さすがにお前が結婚というのは嫌だからな」
「いざ結婚したら金輪際僕に近づくなと言い含めてソウルイーターでしっかり脅して、別邸にぶち込むけどね」
「…………」

さらりとそんなことを言って、涼しい顔してカップを口元へもって行くシグールは、どうやらいつものシグール様らしかった。