<王の帰還>
デュナン王国建国二百年記念祭。
を、目前にして暗い顔で話しあっているこの国の重鎮達がいた。
デュナン王国は大国ハルモニアとトランに挟まれた国だが、ここ百年での進展はめざましい。
だが、いまいち外交が不得意なせいで伸び悩んでいる、と言うのが現状。
それがなぜかといえば、ここはデュナン「王国」なのだ。
なのにこの国には、王が、いない。
王家の血筋が絶えたとかではない、はなから王座に王が座った事がないのである。
王は確かに二百年前に存在した、像もあれば記念館もある。
だが、彼は建国直後消え去ったのだ。
「ですから、宰相殿をここはやはり」
「王がいるといないとでは国の格が異なります!」
「そっ、それは困るっ!! 私は宰相だ、王などにはなりたくないしお前たちも学校で習っただろう!!」
デュナン国の王座は、常に空いている。
いつか戻る、王のため。
「二百年もいない王に今更何を!」
「とうに死んでいるし王の血筋だって!」
「大体、亡国ハイランド皇家の血筋さえ全く綺麗にたどれなかったんですぞ!」
「英雄に家族はいなかったのか?」
「……いたのか?」
「……さあ」
口々に怒鳴りあう大臣達の間で、宰相は溜息を吐いた。
「とにかく、私は王座には絶対座らん」
「そんな、宰相殿っ!」
「無理につけようとしてみろ、逃げる」
「「…………」」
頑なに拒否する宰相の様子に、大臣達は作戦変更をした。
なにせ、建国二百年記念には、トランの大統領もくる。
貴賓席の隣を、空にするわけにはいかない。
そして何より、このごろ再び元ハイランド皇国との間での派閥争いが激しくなっていた。
そもそも元が違う国なのである、それを統一直後の最も反発の多かったであろう時代は敏腕な政治家が仕切っていたらしいが、ここ五十年余りは優秀な人材が不足しているのか、あるいは戦時の記憶が完全になくなったのか。
「まずい事になりましたな……」
現宰相は国一の権力を持っているが、彼が王座を辞退するとなれば。
「これは、故皇族勢力が黙っていませんぞ……」
「だがっ、ハイランド皇家はルカ・ブライトを最後に滅びて」
「いやっ、確か皇姫ジル・ブライトが」
「アレは結婚直後に国が滅びましたぞっ」
「そうそう、確かジョウイというのが最後の皇王では」
「ならば故皇族勢力が担ぎ上げてくるのは……」
「……そのジョウイとやらの落胤か、あるいは遠縁か……」
額つき合わせての密談は、殺伐とした空気をかもし出している。
事実、一瞬即発直前まで事態は悪化していた。
「どうするのですかっ」
「至急英雄の血筋を調べ上げろっ」
「ですが大臣、かの英雄は元は孤児。血縁者は――」
「……でっちあげるわけには」
「いきません」
万が一それがあとで民衆にばれたら、話にならない。
「ならばっ、奴等がでかい顔して乗り込んでくるのを見ていろと言うのかっ!」
「――こうなればいっそ、デュナン国王を立たせるついでにハイランドを独立させて……」
一人の発言に、全員が頷く。
「そうだ、あの土地は相変わらず貧しい」
「足を引っ張っているだけだからな」
「この際、デュナン国王候補をこちらに出す事を条件に独立を認めては」
「デュナンのいっそうの発展を」
全員の意見が合致した。
賑やかな街を通り抜けつつ、嬉しそうに顔をほころばせるセノの隣で、ジョウイも心なしか浮かれている。
「賑やかになったねー」
「そうだね」
「貿易は相変わらずトラン中心ってのが問題だね」
隣を歩いていたシグールが腕を組み言うと、セノが首を傾げた。
「え、そうなんですか?」
「うーん、外交が不得手なんじゃない?」
笑って後ろのクロスが意見を述べ、あ、このリンゴくださいと市のおばさんに話しかける。
万事この調子で歩いてきていたので、荷物持ちとなっているテッドは既に片手に下がった荷物を今さっき無言でジョウイに押し付けたところだ。
「ルック、桃も食べる?」
「食べる」
「じゃあ桃もくださーい」
「はいよっ」
言われた金額を支払って、クロスは果物を受け取ると結構買ったなあと笑いつつ、一同に合流した。
「賑やかだね」
「そろそろ建国式典ですから」
セノの答えに、そうなんだ? とクロスは尋ねた。
「二百年の建国式ですよ」
「へーえ」
「……クロス、知らないでついてきたの?」
「だってルックが行くって言うから」
「……はぁ」
溜息を吐いて視線を落としたルックは、既に視界に入っている城を見上げる。
ずいぶん色々な事があったけど、アレからもう二百年。
という事は、とその後の出来事を逆算して少し感慨に耽っていると、後ろのテッドが不吉な事を言ってくれた。
「そう言えば、建国式典前に戴冠式があるって小耳に挟んだぞ」
「「戴冠式ぃっ!?」」
五人が眉を顰めて一斉に振り返ってくる。
苦笑したテッドは両手を挙げて、説明した。
「なんでもとうとう王様が即位とか、そいで旧ハイランド地区はこれを機に独立宣言出したとか」
合流する寸前までテッドとシグールはデュナン北方をうろついていたので、一応最新ニュースである。
「……オカシイなそれ」
「それにハイランド独立させたら、やっていけないだろ」
「そもそも王様は」
「セノじゃんねぇ?」
「……ですよね」
びしっと一気に五名の顔が引き締まり、それを見てテッドは同じく顔から笑みを消す。
北方の土地で旧ハイランド貴族が主体をなす故皇族勢力が妙な動きをしているとか、派閥争いが激化しているとかで不穏な感じはしていたのだが。
嫌な予感大的中。
なんでこんなに俺って揉め事に、いえなんでもありません。
はあっと溜息を吐いて、テッドはとりあえず目の前にそびえる城を指す。
「どうする?」
「忍び込む」
「噂集める」
「働きかける」
「強行突破」
「……正面から行きます」
言い切ったセノを、五名が見やる。
凛とした色の瞳を見せて、セノはもう一度言った。
「ここは僕と皆の国です。正面から行きます」
王座に進む最中、彼の心中は葛藤の嵐だった。
いきなり家に貴族のお偉いさんが押しかけて来て、君こそがかのハイランド皇家の末裔だと言われても、普通の人はぴんとこない。
大体家、没落貴族なんですけど。
そう言ってみれば、いやいや君が実はかの最後の皇帝ジョウイ様のご落胤の子孫なのだよと、したり顔で解説されても、はあそうですか、と以外に何が言えよう。
というわけで知らぬ間に巻き込まれ、あれよあれよと即位式。
……たしか、王様ってこの国ちゃんといたんじゃ。
どこに行ったのだろうか、っていうかその子孫はどうしたのだっけ、どうも思い出せない。
言われた通りに赤い絨毯の上を進む。
背中に羽織ったマントが重い。
これでさらに頭に冠被ったら、動けなくなるんじゃないだろうか。
「これより、デュナン国王即位式を執り行う!」
高らかに宣言したのは、自分の家に押しかけてきた人だった。
政事とかは興味はないけれど、完全に没落し路頭に迷っている家族を救うためなら仕方ない。
即位式と同日にハイランド地区は独立をするらしい。
自分はデュナンの王になるので故郷には帰れないわけだが、一体あの土地独立したってどんな生活ができるというのだろう。
……デュナンとの格差が広がるだけのような。
「陛下の名を――」
「この国の王は、古よりただ一人」
ばしんと開け放たれた中央ホールの端から朗と響いた声が、全てを遮り時を凍らせ、全員の視線をそこへと集める。
先ほど皇王の末裔だといわれた青年が歩いた赤絨毯の上を、躊躇なくまっすぐに進んでくる。
「誰の許しを得て、ハイランド地区を分裂させる」
赤い服を身にまとい、茶の髪に金環が良く映える。
小柄な、まだ十四五ほどだろう少年は、ぴたりとその足を式典をしきっていた、故皇族派閥最高権力者である中年男性の前で止める。
「――答えろ、故皇族派代表サバフェル」
「貴様、どこの――どこからっ――」
子供が一人で入り込めるような警備のはずがない。
慌てたサバフェルが視線を上げる前に、彼の問いに答えるように音を立てて先ほど少年が開け放った扉が閉まった。
その前に立つのは金の髪を持つ青年と、黒髪を緑の布で包む少年。
外の護衛は制圧されたのだろうか――まさか、たった数人に?
「兵っ――」
「ハイランド地区を独立させたところで、あの土地は単独ではままならないのを知っているはずだ」
淡々とした少年の声は、控えていた人物全員の耳にしみこんでゆく。
「それがわかっていて、皇族の血を引くとされた者を王座に押し上げるためデュナンに譲り渡す事を条件に出し、ハイランドを独立させたのは、なぜだ」
少年が振り返り、その眼光が全員を射る。
「誰の許しを得て、再びこの国を分裂させようとする?」
響き渡った声は、厳しい。
「二百年前あれほど苦しんだのに――なぜ同じ過ちを犯そうとする?」
二百年前。
統一戦争で、あれほどの血を流してあれだけの犠牲の上に。
やっと、統一国家を作ったのに。
「きさま、なにや――」
「どうしてっ――!」
叫んだ少年の声は、サバフェルの言葉を遮った。
「国の人は平和を願ったのに、どうしてくだらない上のわがままで無碍にするんだっ!」
「な――」
「偽の皇族まで引っ張り出して、お前達は何がしたいんだ!」
厳しい糾弾の言葉の一つに、臣下達はざわめいた。
偽の。
「何を無礼なっ――彼はっ」
「……故ハイランド最後の皇帝、ジョウイ=ブライトに子供はいませんよ」
静かな声でそう言って、扉前に立っていた金髪の青年が歩み出る。
背中に流した髪を揺らして、サバフェルの前に立つ少年の横に控える。
その手には棍を持ち、静かに周りを威嚇していた。
「もちろん、ご落胤とやらもね」
「貴様風情がなにをっ」
「知っているさ」
微笑んで一言、青年は言った。
「僕がその、ジョウイ=ブライトだから」
「僕が、デュナン初代国王、セノ」
そう言って、セノは一歩進み出る。
「僕の許しなしに、この国を昔に戻させたりしない。ハイランド地区の人を、飢えさせたりしない」
もう一歩。
「王を立てるのはいいけれど、国の人を苦しめるのは止めて。名前だけなら誰がやってもいい。大事なのは、国の人のことじゃないの!? やっと、やっと豊かになってきたのに」
セノは拳を握り締めて、きっと目の前のサバフェルをにらみつけた。
「それをあっさり壊すなんて、施政者のする事じゃない!」
そう言い放ったセノから視線をそらせず、サバフェルは硬直する。
いきなり目の前の子供が初代デュナン国王だと聞かされても、納得のできる人間などいない。
「王がほしいの、それなら僕が王になる」
「セノ」
一瞬だけ俯いて、セノは顔を上げジョウイを見上げた。
「……いい、大丈夫、ジョウイ。僕がやる、落ち着くまで、王をやる」
「そのお言葉、お待ちしておりました陛下」
途端、臣下の列が割れる。
悠然と歩いてきたその男性は、年のころは五十といくつ。
その身なりは質素だったが、彼が実力者である事は、自然と割れてゆく人波で分かる。
「――初めてお目にかかります」
セノの足元に跪き、頭を垂れる。
「私はデュナン宰相でございます」
「……宰相」
「初代宰相シュウより、常に陛下のお帰りを待ち望んでおりました」
立ち上がり、自分の孫ほどの年であるセノを見下ろし、微笑む。
身動きすらできないサバフェルの横に置いてあった王冠を取り上げ、それを恭しくセノの頭へと置く。
「――慶賀を申し上げます、デュナン国王陛下」
「……ありがとう」
「礼は、隠居しておりました私に、事を知らせ連れてきてくださったあちらの方へ」
そう言って宰相が指し示した先にいたのは、相変わらず憮然としたルックと、笑みを浮かべるテッドだった。
いつのまにか門の前で兵士を抑えていたクロスも中に入っている。
驚いてジョウイを見上げると、彼は優しく微笑んでセノの肩に手を置いた。
それで全てが分かって、セノは顔をほころばせる。
正面からあくまでも行くと言った自分に、皆が協力して万全を尽くし先に手を打ってくれていた。
「これから、よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
再び宰相が膝を折る。
それに倣うように、次々と臣下は跪き頭を垂れた。
無論あの、王にされそうだった青年も。
ただ一人、立ち尽くしていたサバフェルの肩に、笑顔で中へ入ってきた黒髪の少年は指をかける。
「さーて、ちゃっちゃっと独立宣言解除させてこよーね?」
みし、と肩の骨が鳴った。
「陛下、これとこれとこれと」
「……これは、僕の仕事じゃない、ような」
「ではジョウイ様にやっていただきましょう」
「……ここの宰相は代々こーなのか……」
遠い目で馬の如くこき使われていた王と王佐(暫定)がぐったりしている隙を縫い、貿易の打ち合わせのため国賓として滞在中のシグールとルック(お付き合い)が宰相に声をかける。
「なんであの時、自宅に引きこもって隠居してたの?」
「この国の宰相には幾つも言い伝えられていた事がありまして、その筆頭に「国内で揉め事が起きたり王を新たにつけようという動きがあった場合、必ず人災の形をした天災が城を襲うから止め
られなかったら避難しろ」と」
「……僕達、天災なんだ」
「シュウらしい言い分だね」
呆れた二人が口々に言ったが、当時から代々国のトップに伝承されなくてはいけないほど危険分子だと見なされていたという事を、ちっとは反省したらどうなのだろうか。
……などと、御年二百歳に言っても仕方ない。
***
知らない間に王様になってしまいました、おかしい。
まあ未来シリーズだし好き勝手に。
200年もたてばジョウイの存命なんてどうでもいい、はずだ。