<ほんのささいな>





「切り裂きっ!!」

すでに知人らには「一種の口癖」とまで言われている魔法を発動させて、ルックは踵を返す。
「ルック、待ってったら!」
竜巻を器用に避けたのかそれとも巻き込まれてぴんぴんとしてるのか、クロスが無傷で走ってくる。
「どうしたのルック、大丈夫? 何かあったの? 僕が何かした?」
「…………っ」
「あ、それ重い? 持つね」
ひょい、とルックの抱えていた荷物をとってクロスは横に並ぶと自分より背の低い相手の顔を覗き込む。
「ルックどうしたの?」
「……イ」
「ん?」
「クロスの女たらしっ! キライ!!」

綺麗な目を吊り上げてそう怒鳴ると、ルックはひゅんとどこかへ飛んでしまった。
「……おんな、たらしぃ?」
とことん自分には縁のなさそうな言葉に、クロスは頭が真横になるまで首をぎゅーっと傾けて呟いた。



……とりあえず整理してみよう。
一呼吸おいてから荷物を地面に降ろし、クロスは街道の傍らで考え込む。

朝は普通だった。
ルックの好きな料理を作って。
テーブルに初咲きのスイセンをルックが持ってきて飾ってくれて。
いつものように食事をして。
レックナートに出かけてくると断って。
それから町に出て買い物をした。

よし、問題ない。

一通り物を見て必需品を買い込んで。
昼ごはんはちょっとお洒落な店に入ってゆったり楽しんで。
それからもうちょっと趣味のものとか見て。

問題、ない。

そろそろ帰ろうかとクロスが言って、ルックが無言で足を町の外へと向けて。
それからそのまま外に出て……。


そうか、ルックはもっと町を見たかったのかな?
――でもそれだと女たらしの説明がつかない。
えーっと、女……女?





自己嫌悪に陥りつつ、ルックは木の下に座り込む。
思いっきり勢いで適当に飛んだので、湖の上じゃなくてよかったとか座ってから思った。
……あそこまでする事はなかったかも。
クロス、本気で困ってたし。
たぶん彼には言ってもわからないだろうし改善……もないだろうから、諦めるしかないのかも。
それは分かってるんだけど……。

道具屋も。
八百屋も。
肉屋も。
魚屋も。
服屋も。

どこに行ってもクロスは人気者で、一度でも入った店ではみんなが彼の事を覚えてて。
今日だってたくさんの人が話しかけて。
市が立ってる前を通り過ぎれば、気さくに声をかけられて。
……たくさんの女が、頬を染めて話しかけて。

気に入らない。
それがとても気に入らない。
でもクロスが楽しそうに話しているから、やめてとも言えない。
だけどクロスはとても楽しそうに親切に接するから、相手を誤解させてる。
だって、クロスに話しかける女は、だんだん、増えてる。

膝を抱えて、ルックは蹲る。
こんな事を考えている自分が恥ずかしかった。
テッドにはもっと自信を持てとか笑われたけど。
……アレに言ってほしくない、シグールの隣に立てるのが自分だけだって分かってるからそんな事が言えるんだし。

クロスの隣にいるのはルックだけじゃない。
過去に全然違う人がたくさんいたのを知っている。
だから――永遠にルックがその場にいられるなんて思えない。

それが 不安の理由になるなんて いいわけだけど










「――ル、ック! ルック、よかった近くにいたー」
荷物を抱えたクロスが軽く息を切らせて走ってきた。
「!」
どれだけしゃがみ込んでたのか思わず立ち上がってふらついたルックに、荷物を地面に落としてクロスは抱きつく。
「ごめんね、ルックが何で怒ってるのかわかんない僕でごめんね」
「……クロ、ス」
「体冷えちゃってるよ、もっと早く見つけられなくてごめんね」
ほら、と買ったばかりの毛布を肩にかけて微笑むクロスを正視できなくて、ルックは俯く。
「ルック?」
「……めん。ごめ、ん」

触れたクロスの手はルックの手より冷たかった。
重い荷物を持っていた手は赤くなっていた。
ずっと町の周りを走って、紋章の気配と勘だけを頼りに走り回って、探していてくれた。
勝手にいなくなったのはルックの方だったのに。

「ごめん、クロス、ごめん……」

その彼の優しさが好きなのに。
誰にでも優しい彼が好きなのに。
自分だけに優しくして欲しいなんて。

「……ごめん……」

いつもいつもそう言いながら、ルックは肩に掛けられた毛布を引っ張って顔を隠す。
クロスは微笑んで、そっとその手を下ろすと濡れたルックの頬に手をあてる。
「――ルック」
抵抗する事もなく、ルックの目がクロスを見上げる。
「ホットミルク作るから、それで許してくれるかな?」
「…………」
無言だったが、小さく頷いたルックに微笑んでクロスは荷物を持ち上げた。


 





***
4ルクはいつもこんなパターンだと思った。
クロスはこんなルックも愛しいのだと思います。





「今日も目の保養じゃったのぅ」
「もーねぇ、あたしゃあの二人を見るのだけが楽しみでねぇ」
「ほんっと美男美女でお似合いですよねー、今日話しかけるときどきどきしちゃいました」
「そうそう、彼に話しかけてると彼女がすねた顔するのがもーかわいくってメロメロ!!」
「いいよなあ、あの緑の目に燃える嫉妬の炎! かーわいーよなあ」
「あれだけお似合いだとねえ、こっちは妬けるも横恋慕もなにもないものなぁ」
「その彼女! 今日昼食の時見たんだぜ! もー、はにかんだ笑顔がさいっこー!」
「ず、ずるい! なんで呼んでくれなかったの!?」
「へへへへへ、給仕の仕事バンザイ!」
「まー、それにしてもあの二人が来ると市場も活気づくしの」
「ぜひこの町に引っ越してきてほしいですよねえ」

こんな真相。