<同和>





飲んでいたホットミルクのカップをおいて、セノは立ち上がる。
耳までナイトキャップを被って、にこにこと挨拶をした。
「じゃあ、おやすみなさい、シグールさん、ルック」
「うんおやすみセノ」
「おやすみ」

先に行ったジョウイを追いかけてとことこと部屋を出て行ったセノを見送ってから、二人して空を見つめる事しばし、ルックが口を開く。
「あんたはさー」
「なに」
「あれのことどう思ってるわけ?」
「どうって、なんかかわいくてぐしゃぐしゃして高い高いしてあげたいみたいな。あんな周囲を信じてる子も少ないよねー」
「……あんたさ、本音言う相手いるわけ?」
わずかに顔を歪めてルックが言い放つが、シグールはそれに片眉を上げて対抗する。
「そういうルックは」
「僕は常に本音だ」
「僕もそうだよ」
「嘘」
秒殺されてシグールは怪訝な視線をルックへと向ける。
非生産的な会話を楽しむ事はたまにあるが、今日のルックの突っかかり具合は異常だ。

「今日は変だね、ルック」
「昼間の会話が不愉快だったからね」
彼にしては珍しく不機嫌の理由を教えてくれて、シグールは昼間の会話を掘り起こした。



たしかそれは、シグールがジョウイを一方的に追い詰める口論(グレミオに言わせればじゃれあい)の延長戦で、いつか背後から刺してやるみたいなやや物騒な科白が飛び出した 時だったか。
ジョウイは「そしたら男の大事なところをけり潰してあげますよ」と言い、シグールは「反射的に喰ってあげるよ」とか返したはず。
途中から混ざっていたルックは、「君ら僕の背後に立ったら切り裂くからね」と突っ込んでいた。
一部始終を聞いていたのか、パン生地を丸める作業をしていたセノは、小首を傾げてシグールを見つめた。

「僕、シグールさんに刺されてもいいですよ」

その言葉に一同が固まった。
いやセノ、これは実際にぐっさりの話だよ、とジョウイが苦笑して言うと、だから、とセノは頷いた。
「ジョウイにもルックにも、グレミオさんとかクレオさんとか、ナナミも、いいですよ」
なんでそんな報復の話をしているのか分からないと言いたげなセノに、シグールはクッと小さく笑った。
「そう、セノは僕に背中を刺されてもいいんだ」
「はい」
「なんで?」

なんで、はシグールたちからすれば当たり前の質問。
背中を刺されたら誰だって納得しない。
それが親しくても。

「だって、シグールさんがそうするってことは理由があるから。シグールさんが決めたならきっとそれはシグールさんにとって正しいことだから」
「……そう、確かに僕にとって正しいことなんだろうね。君はそうやっていつも周りの人の意見を飲み込むね」
「シグールさん!」
ジョウイが声を張り上げてシグールの言葉を止め、意味がわからなかったセノは目をぱちくりさせていた。





「ふむ、僕の嫌味が気に障った?」
「……ほんと重症。じゃあ聞くけど、あんたセノに刺されたら抵抗する?」
「するよ」
「嘘」

ほんとめんどくさい人間だよね、とルックは立ち上がって持っていた本をシグールに打ち下ろす。
ぱこんという音を立ててそれがシグールの額に当たった。
「いったいなぁ」
「僕が立ち上がって本を持ってからこうなるのは読めてたのになんで避けなかったの」
「は?」

まったく、と溜息を吐いて背中を向けた。
「あんたも同じだろ、あの子と。信用したら信じきる」
「……そんなことない」
「あるね。賭けてもいいよ」
顔を歪めたシグールが、いつまでさ、と呟くとそうだね、とルックは肩を竦めた。
「いつかあんたが友人と認めた相手に背後から殺されるまでかな」
「うっわ、なにそれ、闇討ち予告?」
「覚悟すれば」

楽しみにしておく、と言ったシグールは、部屋を出かけているルックに声をかける。

「で、賭けるものは?」
「あんたが勝ったら死後天国にいけるように祈ってあげるよ」
「わあ、ありがたくて涙が出るよ。で、僕が負けたら? ルックが天国行きになるように祈ればいいの?」
「あんたの全財産」
それはムリだよ、とけらけら笑ってシグールは笑顔のまま言った。
「大丈夫だよ、僕が背中からやられるとかありえないし」
「…………」

何も答えず、ルックは部屋を出て行く。
出て行ってからしばらくしてから、シグールはことんとマグカップをテーブルの上に置いて、視線を伏せた。

「僕、どこで変な曲がり角曲がったのかね」
くすくすと目が笑っていない顔のまま笑って、シグールはふっと灯りの火を吹き消した。

 

 

 



***
けっきょくぼっさんもセノと同じじゃないかなと思った。