<遠い日の約束>





砕ける月を見下ろしながら、彼は小さな声で呟く。


どうして


答えてくれる声はないし、答えてほしいとも思っていない。
だけど他にすることがなくて、呟く。



「どうして」



右手が、熱い――


「……くそ」

蹴り上げた小石が水面を打つ。
また、月が砕ける。

「そうやって、いつまでも俺を、生かす気か……」
呟いて、剥き出しの甲をかざす。
引き裂いてしまえば、これがなくなればいいのに。
そうしたら、この手なんか原型が見えないほどに、ぼろぼろに。

「くそ」

だけど自分は死にたくない。
死ねない。
死ねば永遠にこの紋章が消えるのだといわれても。
きっと、死ねない。


それは執着


(……だって)
おぼろげになってしまった記憶でも、覚えているのだ。
その言葉だけは、何度思い出しても肌が粟立つほどに鮮明に。





        つ
  い            ま

          か             た





「……あ」
零れた言葉を掬い上げる。
そっと持ち上げて、自分の中に戻す。
「いつか」


いつかまた 会えるから


それがいつなのか、分からない。
だからずっと、探している。
だけど。


「……どこに、いるんだよ……」
あれからもう、五十年も経った。
生きている、のだろうか。
でも、信じているんだ。
「会えるって、言ったっ……!」

蹲って、泣きたくなる。
右手が熱い日は、特に。

「会いに、きてくれたって」
きっとそれは、無理なんだろう。
この右手のモノを祠にもう一度封印したら、呼んでくれるだろうか。
あのおにいちゃんを、呼んでくれるだろうか。
「お、にい、ちゃん」

本当はきっと、自分より年下なんだろう。
でもあの時の自分にとってはずっと大きな人だった。
村が焼かれる中、連れて逃げて、励ましてくれた。
そしてこう約束した。


――僕とテッドは、かならずまた、会えるから。いつかまた、会えるから。


だから


必ず




生きていて















「……ッド、テッド、テッド!」

呼ばれた声で、目を開けた。
「ふあ、おはよ、シグール」
「おはようじゃないよ、今何時だと思ってるのさ!」
びしっと指差された掛け時計は二時を指している。
「……深夜?」
「昼間だよ」

寝ぼけてないでさっさと起きる! と号令をかけられてテッドはまだふらふらする頭を抱えた。
眠い。
「悪いが、寝かせて、くれ……眠い」
「眠いに決まってるじゃん。今、真夜中の二時だもん」
「……お、おまえ……」
横たえた頭を起こしかけたが、睡魔というより脱力感のせいでぐたりと倒れる。
だめだ、頭がまともに働かない。
「部屋が暗いのに気付かなかったの?」

らしくないねえと笑われて、テッドは横で笑う彼を見上げた。
「……お前、いつからそこに……」
「ん、ずっと」
にこり微笑んだその頬に、手を伸ばす。
「……もっと、近く」
「え?」
「こっち、こい」
「どーしたの?」
熱でもあるんじゃないと軽い口調で言われて、テッドはぐいとシグールの手を掴むと抱き寄せた。

「テッド?」
「――……お前、暑い」
「ベッドの引っ張り込んだの、テッドなんだけど」
意味不明な上に結構ひどい親友の言動に、シグールは唇を尖らせて答えた。



 


***
思いついた突発話。