<暖炉>
冬。
グレッグミンスター、マクドール家にて。
「……寒い」
「お前この状況でそれを言うのか」
もそ、と布を引き上げるシグールに、テッドが呆れた声を出す。
寒い寒いと連呼するシグールのために、暖炉には皓々と火がくべられているのだが。
そのどまん前に陣取って、なおかつ毛布を膝にかけてまで何が寒いというのか。
多少離れた所に座っているテッドでも、十分暖かいというのに。
グレミオが用意してくれた紅茶を一口すすって、テッドは丁度いい位置にある背中を軽く足で小突く。
むぅ、と振り返ったシグールに彼用のカップを渡してやった。
「お前な、もっと北に行くと更に寒いんだぞ?」
「知ってるよ、本宅は北方にあるんだから」
「……そこに冬に行ったことあるのか?」
「……物心ついてからは、ない」
ほれみろ、とテッドは呆れ混じりの笑いを浮かべる。
「テッドは寒いとこ行ったことあるわけ?」
「放浪三百年をなめんなよー」
真冬に野宿もした事あるぞ、とテッドはその時の事を思い出す。
野宿というよりビバーク、むしろ遭難一歩手前。
さすがにあの時は死ぬかと思った。
二度とやりたくないあんな事。
それに比べれば、暖炉に温かいお茶に、床には毛足の長いカーペットまで敷かれて。
こうやってだらだらぬくぬくしていると、幸せだなあと心底思う。
ふーん、と呟くと、シグールはやおらテッドの目の前にずり寄ってきた。
そのまま両手をぴたりとテッドの首筋に当てる。
その冷たさに、テッドは思わず悲鳴を上げてシグールの手を引き剥がした。
「何するんだお前はっ!」
つーか暖炉の前にいてなんでそんな冷たい手してんだよっ!
「……あったかいー」
わき、とテッドに掴まれた手が動き、それを必死で遠ざける。
そりゃ末端の手より首の方が温かいが、冷たいものを押し当てられたら鳥肌が立つ。
「冷たいんだよーあっためてよー」
「……あーもー」
ならこれでいいだろうが、と両手を握り締めてやる。
さっきまで温かいカップを持っていたし、少なくともシグールの手よりかは温度も高いはずだ。
「別に首でなくたっていいだろうが」
「まぁそうなんだけどー」
テッドに手を握られたまま、テッドにもたれかかる形で座って、シグールは気持ちよさそうに笑う。
頭を肩に乗せて擦り寄ってくるのはまるで猫のようだ。
「ねー、テッドはあったかいー?」
「ん? まぁ暖炉の近くだしな」
「そっかー」
ならいいや、と呟いて、シグールはそのまま目を閉じた。
「坊ちゃん、テッド君、今日のお夕飯……」
ひょいと居間を覗き込んだグレミオは、暖炉の前で二人くっついて眠っているのを見て、苦笑した。
「小さな子供みたいなんですから」
ずり下がっていた毛布をかけ直してやって、グレミオはそっと居間を出て行った。
聞こえるのは、穏やかな二つの寝息だけ。
***
「星色の花」の華凍様にリンク御礼として差し上げた作品。
本当は炬燵がよかったんですが止められました。