<Congratulation!>





ふてくされた顔をしたシグールのほっぺを、横のルックがぷすっとつつく。
「なんて顔してるのさ」
「だーってー」
視線も合わさず唇を尖らせた彼に、呆れて肩を竦める。
一ヶ月前から招待状もとい強制召喚状が届いた時点で、覚悟というものを決めなかったのだろうか。
「なんで! 新年祝賀会inトラン城に出席しなきゃいけないのさ!」
「そりゃあ、去年デュナンで主催された奴、あんたもセノもばっくれたからでしょ?」

おかげで今年は僕まで強制参加なんだからね、と恨みがましく言われてもシグールの耳にはスルーらしい。
頬杖を付いてふてくされたまま、忙しそうにダイニングとキッチンを往復して馬車の中で食べる食事の用意をしているグレミオを見ていた。
その横でくるくる走り回っているのはクロスにセノだ。
ジョウイはテッドに引っ張られて外に出ている。
シグールとルックが何もしていないのは、この二人が朝起きてくるのが遅くその時間にはすでに全員が動き出していて、全てを仕切っているグレミオが指示を出す暇もないほど忙しいからだった。

「たーいーくーつ」
のっぺりとテーブルの上に上半身を投げ出してぶつぶつ呟くシグールの頭を、後ろからぺすっとルックははたく。
「うっさい」
「だーってー、テッドはどっか行っちゃうし、グレミオたちは忙しそうだし、クレオは先に出ちゃってたしパーンは馬車の用意だし」
アレンとグレンシールは警備強化で当然城に詰めてるし。
家人の名前を指折りつつ挙げて、シグールはダンっと額をテーブルに当てた。
「ひまっ」
「暇なら着替えて先に行けば?」
もっともな意見を述べたルックを睨んで、それはもっとヤ、と我侭を抜かす。

結局何がしたいって、皆が忙しそうに準備をしているのに自分が混ざれないのが不服なだけの癖に。
手伝いたいならはっきりそう言えばいいのに、まあ言ったところでこういうこまごまとした作業に向かない彼にこんな忙しい時に手伝わせる猛者はいないだろうが。

「シグールさん、ルック、早く着替えないと、馬車の時間になっちゃうよ!」
ほっぺを真っ赤に染めたセノが、分厚いコートを脱ぎながら二人のところへ駆け寄ってくる。
「ほら、着替えるよシグール」
「……僕行きたくなーい」
「ダメですよシグールさん、今回は行かないと、今回は行かないと僕、シュウに直接家庭訪問されちゃうんですよ!?」
お願いポーズでふるふる迷える子犬状態のセノにも、シグールは浮かない顔を崩さない。
基本的セノの前ではいい子坊ちゃんの事が多い彼には非常に珍しい。
「別に、僕にはペナルティないしなぁ」
「……あんたにはないんじゃなくて、課せられないだけだろ……?」
ぼそっと呟いたルックの言葉は聞こえなかったのか、シグールはすまなそうな顔を作ってセノに向き直る。
「ごめんセノ、やっぱり僕は立場上祝賀会は」
「で、でもっ、でもっ、貴族の人とかはこなくて僕らを個人的に知ってる人だけって言ってたし、シーナにアップルにそれにビクトールさんとフリックさんもくるし、ハンフリーさんとフッチももしかしたら参加できるかもって」
「え? なんてったセノ?」
「ハンフリーさんとフッチも」
「いや、その前」

その前? と必死に説明をしていたセノは首を傾げ、それから首を傾げつつ繰り返した。
「えーっと、シーナにアップルにビクトールさんとフリックさんもくるし……」
「ビクトールとフリック」
「はい、うまく捕まえられたんだそうです!」
ふうん、と綺麗な笑顔を浮かべたシグールは立ち上がった。
「そうか、フリックもくるんだ」
「ってシュウからの手紙にありました!」
シグールの表情から乗り気になったことを悟ったのか、セノは一気に笑顔になって元気よく頷く。
「馬車、まだ準備間に合うかな?」
「大丈夫です!」

ありがとう、と微笑んでシグールはルックににこり、と笑った。
「遅れないでねv」
「……はいはい」


かくして祝賀会参加者一部の顛末は決定した。










しばらく前からうっかり城に足を踏み入れたばっかりに留め置かれていた二人は、城の宿泊施設を必死に辞退して近くの村に宿を取っていた。
とはいえどもここ数日は城の中で軟禁状態だったのだが。
「別に逃げるわけでもねーんだし、なぁ?」
「まあ、俺達は消えた前科があるからな」
はははと遠い目で笑いつつ、フリックは着慣れない正装を整える。
いきなり宿に踏み込まれて兵士に護送されつつトラン城に強制移動したのが二日前。
命を下したのはどこのどいつかと思っていたら、レパントその人だったので文句もなにもない。

ちなみに引っ張ってくれたのはアランとグレンシールだったが、彼らも似たり寄ったりの立場らしいので地味に意気投合しておいた。

「っておいビクトール、お前礼服着ろよ」
「あんな堅苦しいもんごめんだね、俺はいつものままでいいって」
「なに野生児気取ってるんだよ! 服くらい着とけ」
どうせ行動で浮くんだからと言外に言いつつ、フリックは放置されっぱなしの礼服を引っつかんでビクトールに突きつける。
「けどなあ」
「ビクトール、そんなんだからお前は各所でクマクマと呼ばれるんだ」
『まったくだ』

フリックの言葉は痛いところをついたらしく、次いで逆方向からの星辰剣による畳み掛けでビクトールは敗北し素直に服を受け取る。
「似合わんと思うがなぁ」
「それは……まあ、そうだろうが」
礼服のビクトールなんて笑いの種以外には確かになりえないが。
それでも、着飾った人の中あの汗臭い服でいるよりはましだと思う。

相棒が着替えている間、フリックはなんとなしに窓の外を眺めていた。
部屋の外に出る時は必ず誰か後ろを付いてくるので、外に出るのが嫌になっていたのだ。
「お、客が来た」
豪華ではないが、馬車の揺れ具合や馬の毛並み、御者の手綱さばきなどかなりの位の貴族――の制度はすでにトランではなくなったので元、だが――であるように窺える。
その後ろから同じような馬車が二つ続いたので、家族でやってきたのだろうか。
今日は一般者は締め出しての身内だけど聞いていたが、誰かいたっけか、家族で来るような奴。

「……やっぱ堅苦しいな」
「しかたがないな、慣れてないんだし……似合わんなお前」
振り返ったフリックに呆れ気味に言われて、知るかよとビクトールは溜息を吐いた。
「それよりそろそろ時間じゃないか」
ビクトールの質問へは、メイドの控えめなノック音が答えた。










絢爛な会場で、トラン国大臣相手に談笑していたシュウは、わずかな人のざわめきを聞いてその視線を横に滑らせる。
「あ、シュウ!」
笑顔でとたとたと寄ってきた主にシュウは少しだけ目尻を下げ、しかしすぐにもったいぶって一礼をした。
「新年の祝賀を申し上げます、セノ殿」
「うん、あけましておめでと!」
にぱっと笑って言ったデュナンの英雄に、傍らの大臣も目元を和ませる。
「セノ殿、初めてお目にかかります」
「はじめまして!」
もともとパーティが好きなセノはかなり楽しそうだ。
ここに来るまでにかつての仲間の何名かとは出会って話してきたのだろう。
「つきましては、シグール殿はどこに?」
「シグールさんは、さっきまで外でシーナに絡んでたところをレパントさんにつかまってましたよ」

さすがトラン大統領。
息子を餌に、大勢の来賓に会いたくないがために英雄がばっくれないように手配済み。

この件に関しては自分らの出番はないのだろうなと、二人は思ってとりあえずセノとの会話を楽しむ事にした。










「いいですかシグール殿、今のトランは立ち直ったとはいえまだまだ……」
「レパント」
無言で話を聞いていたシグールは、彼を見上げてきっぱりと言った。
「僕は今日ここに泊まるから、積もる話は後にしよう」
「それで過去に二度ほど逃げられておりますが」
「今日は絶対、泊まる。なんせ御者がとっとと実家に帰りやがった上にパーンは酔っ払ってるしグレミオもこのままだと潰れるから」
僕馬車の手綱取るの好きじゃないしね、と言い放った英雄の言葉にある意味納得してレパントは頷いた。
「……わかりました、そのお言葉信じましょう」
「ありがと」
渋々頷いたレパントににっこり微笑んで、シグールはお目当ての人物の元へたったったと走っていく。

「フーリック☆」
「!?!?」

旧知の知り合いと談笑していたフリックは、いきなり背後から突き飛ばさんという勢いで抱きつかれ、手に持っていたシャンパンをこぼさない事で一生懸命だった。
「な、な、な……」
「久しぶり」
「……シグール、お前、来ないと」
「うん、でもね、フリックが来るって聞いたからきちゃったv」
ハートマークを語尾につけ、かわいらしく言われても何も答えられないブルーサンダーボルトフリック。
冷や汗だけを流し、何とか穏便にこの場を離れようとすこーしだけ後ずさる。

「そ、そうか、ビクトールもあっちにいるぞ?」
「その前にー、僕フリックからもらわなきゃ」
「な、何をだ?」

いっぱいいっぱいなフリックに笑顔で両手を差し出して、かわいらしく小首を傾げて坊ちゃんはのたまうた。
「お年玉ちょーだい」
「……お年玉ぁ?」

んなもんもらう歳かお前。
真っ先にそこにツッコミを入れたフリックだったが、シグールは涼しい顔でそうだよと言う。
「だって僕永遠の十六歳」
「だいたい俺がお前にお年玉をやる義理はない」
「あるさ」
「なんだ」

「いつかの暴言の謝罪金」
「それはお年玉じゃないだろうが」
むぅ、とシグールは唸ってから晴れやかな笑顔で両手をずずいと更に前に出した。

「今日来てあげた感謝の気持ちをこめてv」
「……俺から金を巻き上げて何がしたいんだお前は」
はあ、と諦め半分の溜息を吐いたフリックに、シグールはにかーっと笑ったまま、ふっふっふとか不気味な音を発しだす。
「ただが癪ならちんちろりんなんてどぉ?」
「もっとごめんだ!」

きっぱり拒絶してフリックはシャンパンを適当にテーブルに置くと、全力で早歩きをしだす。
しかし後ろからしっかりシグールがくっついてくるので、次いで小走りになる。
それでも相手のマークは離れず……。





「なにやってんの、あそこ」
アップルパイを齧りながら、クロスが会場の端の方を見る。
そこにはぐるぐると追っかけまわされるフリックの姿があった。
「ああ、久しぶりだね」
「何が?」
横のルックのとんちんかんな答えに困惑して返すと、彼はじっとクロスの手に持っているアップルパイを見て首を少しだけ横に傾けた。
「いい?」
「あ、これ? いいよ」
食べかけだけどね、と断る傍からルックはぱくりとクロスの差し出したパイを齧る。
しばらく咀嚼してから手に持っていた果実酒で流し込んで、答えた。

「追いかけてるんだよ」
「それは……わかるけど」
「あれ、解放戦争の時は結構よくあったけど、統一戦争の時も割合よく見た」
特にニナとシグールの挟み撃ちとか。
時折自分も加担していた事は伏せておいた。
「僕も混ざってこようかな」

笑顔で抜かしたクロスを見て、ルックはしばし無言になる。
「なーんてじょうだ」
「いいね」
そう返してルックはすたすたと命がけ鬼ごっこ現場へと向かった。


 

 



***
あけましておめでとうございます。
迷った挙句、今年の主役はフリックで(待