<僕の禁忌>





晴れた日に、クロスはルックに実験の協力を求められて、首を傾げて塔の外に出てきていた。
何もない草原の上に、大きな紙を継ぎ合わせたようなものが置いてあった。
紙の上には、複雑な模様が描かれている。

「ルック、何するの?」
これほど大掛かりなものは、なるほど外でするしかないだろう。
クロスに尋ねられたルックは、何かごそごそとしていたが手に紙をたくさん持ったまま振り返った。
「召喚」
「……え?」

ルックの手伝いをしていたらしきセラが駆け寄ってきて、輝く目でクロスを見上げて言った。
「ルックさまは、しょうかんするんです! セラもじんを書くのをてつだったんです!」
「陣……」
草の上に広げられていたのは、確かに陣だった。
紙を張り合わせてかなりの大きさになっているそれの上に丹念に描かれている。
かなりの時間がかかったであろうそれを、楽しそうに眺めてセラは言う。
「セラは、ここと、あそこと、あそこを書いたんですよ、きれいでしょ?」
「……うん、そうだ、ね」
相槌を打つクロスの横顔は固かったが、セラはそれには気付かずにルックの方にまた走っていく。
「ルックさま! 用意できましたか」
「うん、セラは危ないから少し下がってな」

紙を何十枚か抱えて、ルックはクロスの隣に立つ。
呆然と陣を見ているクロスが感嘆していると思ったのか、少しばかり得意気に言った。
「文献調べて、呪文も陣も一番複雑なのに挑戦してみたんだ。僕なりのアレンジも加えたし、召喚したものをコントロールできるようにね」
ただ、完全に完璧とはいえないからさ、もしもの時のためにクロスにもいてもらおうと思ったわけ。
少し下がっていたほうがいいよ、と言ったルックの左手に火の紋章が宿っていた。
「それは――……」
「ああ、この紋章? 念のため」
面倒だったんだけど、町に行った時に買ってつけたんだよ。
そう答えてルックは足元に数枚の紙を落としながら、何枚かに目を走らせつつ、陣の前に立つ。

「クロス、危ないから少し下がって」
「……ルック」
「何?」
口を開きかけて、クロスは閉じる。
言わないと。
彼には言わないと。
「――あの、さ」
これは大事な事だから。
「……あのさ、」
あの人と同じ苦しみなんかを、背負わせたくない。
「やめ、ない?」
「え? どうかしたの、体調悪い?」

眉を顰めてルックはクロスの顔を覗き込む。
心配そうなその顔に、違うんだとクロスはゆるく頭を振った。
「違うんだけど」
ならなんで、と問われてクロスは言葉を探す。
どう、話せばいいのか分からない。

「――ううん、ごめん」
召喚なんて、ある程度の実力を持つ魔法使いなら一度はやっている。
ルックだって、きっとこれは初めてではないだろう。
それが、彼と同じところに行き着く可能性は低い。
だって、クロスの知る限りでは、あれがこの世界に現れたのは彼の時、一度だったのだから。

町があまり好きではないルックが自ら足を運んで。
きっと、この陣を描くだけで何日もかかったのだろう。
セラも楽しそうに手伝って、二人で何日も……もしかすると何週間も頑張って。
それでようやく、今日実験をするのだから。

「僕、下がってるね」
過去に引きずられるのはよしておこう。
ルックが、あの人と同じになる可能性なんてゼロに近いのだし。
杞憂ばかりしていても、意味がない。

笑みを浮かべてクロスが背を向けて数歩歩き出すと、背中から熱を感じる。
慌てて振り返ると、炎を上げて陣を描いた紙が燃えていた。
「ルック!?」
「ルックさま!?」
思わず声を上げたクロスとセラの叫びは聞こえていないかのように、ルックは無表情で持っていたおそらく召喚の呪文が書いてあるであろう紙をも火の海の中に投げ入れる。
慌てて駆け寄ったセラは、ぐいとルックの服の裾を掴んで引っ張った。
「ルックさま、どうして?」
「…………」
「ルック、なんで」

準備にも支度にも手間をかけたはずなのに。
うっすらと涙を浮かべているセラより、ルックの方が余程楽しみにしていたはずなのに。
「セラ、たまには皆で一緒にタルトでも作ろうか」
二人の問いには答えずに、ルックは身をかがめてセラに目線を合わせると、彼女の頭を撫でながら優しく問いかける。
努力した事が水の泡ならぬ炎と成り果てた事にショックを隠しきれていないセラは、燃え上がるそれとルックの顔を交互に見て、涙を拭いて頷いた。
「クロス、イチゴあったかな」
そう言いながら立ち上がったルックに、セラは笑顔で言った。
「セラはラズベリーが食べたいです」
ラズベリーならまだあっちの茂みに生ってるかもね、見ておいで。
ルックに言われてセラは走って茂みの方に行く。

「……なんで? 準備、すごい、頑張ったんでしょ」
いまだ呆然と燃える炎を見ていたクロスに、ルックはまあねと答えた。
「だけど、僕にはもっと大事なものがあるから」
「え?」
「タルト生地、用意しておかないと」
久しぶりだから上手く焼けるかな。
そう言いながらルックは風を起こし、炎を吹き飛ばす。
残ったのは焦げた大地と、幾許かの灰のみで。
「ルック、もしかして僕が余計なこと言ったから」

「僕は気まぐれなの、いいでしょそれで」

泣きそうな顔をしたクロスに、ルックはそうとだけ言って立ち去った。










「ルック様、どうしてオリジナルの召喚をなさらないのですか?」
アルベルトに尋ねられ、ルックは書き物の手を休めて彼を見上げる。
座るルックの前に立っていた彼は、心底不思議そうな顔だった。
「ルック様ならばご自分で組み立てるくらい容易いでしょう、今のように既知の召喚ではなく、もっと強いものを大量に召喚すれば……そうすればこちらの戦力は何十倍にも」
「――しない」
静かに答えたルックに、横から低い声が上がる。
「できぬのならやるが」

「召喚を組み立てるのはしない」
分かったら下がるんだアルベルト。
主に厳しい言葉を受けて、アルベルトは一礼して部屋を出て行く。
お前もだ、と付け足され、ユーバーも渋々部屋を後にした。


「……絶対しないよ」
彼を、あんな辛そうな顔にさせた事なんて。



 

 


***
久しぶりですが違和感なく書けました4ルク。

本当は召喚しないって方向で進めてたのに、IIIをプレイした友人曰く「してるよたくさん」との事だったので。
じゃあ既存のやつしかしてないってことで(逃避