「祝おう!」

いきなり部屋に入ってきてそう言った相手をちらっと見て、それからまた視線を元の場所に戻した。
「ってちょっと、聞いてた!?」
「何を?」
「今日は夫婦の日〜v」
「だから?」
だからっ、と満面の笑顔でクロスは言う。
「祝わなきゃv」
「誰を?」

さらっと返されるがクロスは満面の笑みを崩すことなく、ルックに抱きつく。
「もちろん僕とるっくんをーv」
「……いつから夫婦に」
そもそも男と男じゃ夫婦じゃないんじゃ。
まあ確かにルックが亭主関白でクロスが専業主婦で夫婦のバランスは取れてるけど。

「大丈夫大丈夫っ、ご馳走は僕が作るからルックはドーンと構えててねっ!」
夕飯は期待しててねーっ、と言って部屋を出ていった彼が閉じ忘れたドアをぽかんと見ていたルックは、疑問を素直に口にした。
「どっからそんなの聞いたのさ」





<夫婦の日>





お茶の時間になって階下に下りていくと、なんとなーくイヤな予感がした。
そしてそれはリビングのソファーにどっかと座り込んでいる人物が、全てを語っていた。
「…………」
「おいおい、回れ右はないだろルック」
せっかく来てやったのにさー、とにこにこ笑いながら言ったテッドにつかつかと詰め寄って声を落とす。
「何しに来た」
「ダチの家にきちゃいかんのか」
「あんたの友達ごっこはアレとやってればいいじゃないか」
僕まで巻き込むなと言いかけたルックに、後ろから思いっきり負荷がかかる。
のしーんと背中に乗られたルックは、当然二人分の体重を支える事ができず、そのまま重力にしたがって倒れこみ、テッドの膝の上に顔を突っ伏すはめになった。

「っ……なにするんだよっ!」
「えへへ、ルック怒ったーv」
後ろから体重をかけてきたのはもちろんシグール。
にこにこ笑顔でご機嫌だ。
「普通怒るわ! ああもう、人の家来て好き勝手しくさって、こんなことなら下りてくるんじゃなかった!」
レックナートが張った結界のおかげで、真の紋章といえど気配が薄い。
加えてルックは実験室に結界を張り巡らせているから、こいつらの来訪に気付かなかった。

「あ、ルック下りてきたー?」
台所からひょいと顔を出したのは、セノだった。
「な……にしてんのあんたまで」
「あのねー、モゴ」
「いちゃ悪いかい?」
セノの口を後ろから押さえて、にっこりジョウイが微笑む。
悪いとはセノの手前言いにくいものの、なんでいるのかが分からない。
更に理由をさらっと言おうとしたセノを止めたという事は、何か画策があるに違いない。
企み事はシグールやテッドの得意分野だが、ジョウイが楽しそうに全面的に参加している点からして、今回のターゲットは……僕か。

結論を出したルックははあと溜息を吐いた。
マトモに関っていると身が持たない。
「おっとぉ、だから回れ右するなよなー、傷つくぞー?」
「ああ、繊細な心根してるからね」
にやっと笑ったテッドは、ルックの皮肉を気にした様子がない。
「今日は何の日♪」
「……入れ智恵はあんたか」
ブッブー、とジョウイがくすくす笑う。
「実はセノなんだよ」
「あのねっ、調べててね、それでジョウイと夫婦ってい……モゴ」
「面白いじちを見つけたから、シグールに教えてさ。それがクロスに伝わったってわけ」
またもセノの口をふさぎ、笑顔で言ったジョウイに胡散臭いものを感じる。
夫婦の日自体は確かにどうでもいいだろう。
セノの口をふさぐって、何があるんだその先に。

「ちょっと、その手離して続き聞かせてもらえる?」
「それはだぁーめ」
ね? と至近距離からシグールに言われ、ルックは無言で彼を押しやる。
間近に野郎の顔を見ても何も嬉しくない。
「ったく、ばたばたばたうるさいったら」
僕はお茶しに来ただけなのに。
ぼやいたルックにジョウイは飲みかけの紅茶を持ち上げる。
「これでいいなら」
「イヤ」
即答してルックは台所を覗き込んだ。

「クロス、お茶まだ?」
「あ……もうそんな時間っ!? ごめんちょっと待っててルック、すぐに用意するから!」
「……忙しいならいいよ」
思わずそう言ってしまうほど、そこは騒然としていた。
鍋がいくつもかたかた音を立てているし、この分じゃあ竈の中もいっぱいだ。
広いとはいえない場所のそこかしこに作りかけの料理が並んでいる。
「お茶――……あ、お湯が沸いてない」
「いいって、ジョウイのもらう」
ごめんねと言う声に追いかけられながら、ルックはジョウイが手にしていたカップをひょいと取り上げる。
服のすそで丹念に飲み口を拭ってから、ぐいとあおった。
「……そこまで拭くかね」
別にいいけどさ、と微妙そうな表情のジョウイに空になったカップを返す。

ルックはひょいひょいとテッドを片手で追いやって、ソファーに座った。
「――で、僕に何を隠してるわけ?」
「「…………」」
「全員沈黙? いい度胸じゃないか」
ひくりとルックの米神が引きつり、隣に座っているテッドがいやなあ、と切り出した。
「別に企んでるっつーわけじゃなくてだな」
「そうそう、ただルックは知らなくてもいいことかなってね」
「へぇ?」
馬鹿シグール失言だとテッドに頭を叩かれて、シグールはえへっと舌を出す。
……確信犯だ。

腕を組み足を組み、臨戦態勢でルックは据わった目をジョウイへと向けた。
「で、さっきからセノが言いかけてた言葉はなんなのさ?」
「さあ」
「……セノ」
「なーにー?」
一人険悪な空気に気付いていないセノは、ルックに声をかけられてぱあっと顔を輝かせる。
どうやら誰も話しかけてくれないのが嫌だったらしい。
「こっちきてこっちこっち」
ルックの手招きに、セノはとたとたと歩いていく。
すっとソファーから立ち上がって、ルックはセノに近づく。
「なに言いかけてたの?」
「ん? あ、あのね」
「あ、こらセノっ」
「セノっ、そっから先はマズ」
「僕らは皆仲がいいけど、夫婦っていったらやっぱりルックとクロスさんだよねって」

沈黙。
そしてルックははあああああと大仰な溜息を吐く。
「ナニソレ、大げさなことしてたから何事かと思った」
「ほらぁ、ルック怒らないじゃん」
なんで止めるんだよジョウイのバカー。
むうっと頬を膨らませたセノが振り返る。
「いや……ま、その、も、戻っておいてセノ」
こいこいとするジョウイに、セノはやーだもんと言う。
「ジョウイなんかきーらい。イーッだ」
「!!」
よろりら。

床に突っ伏したジョウイは無視して、テッドがぽんぽんと自分の隣の開いた席を叩く。
「セノ、こっちこい、台所で立ちっぱなしで疲れたろ」
「大丈夫ですよー、それよりルック座っておきなよ」
「いいよ別に……無駄に疲れたし、お茶飲んだし上に」
「だめだよー、ルックは奥さんなんだから今日は主役だもん!」

ピキッ

「夫婦の日だしね、クロスさんが今美味しい料理作ってるからさ」
「…………」
ルックの顔が長めの髪に隠れて見えない。
空気が凍った事に気付いていない(というか彼の周りは凍っていない)セノは、そうだよーと笑顔で言った。

まったく無邪気に。
決定打を。

「皆で意見一致したんだよー、クロスさんは家事上手の旦那さんで、ルックは奥さんだなってv」
「……そう、どうも……」
ひくぅーいひくぅーい声で言い、ルックはゆっくりと左手を上げる。
「……せっかくクロスが料理してるんだし、邪魔しちゃ悪いから僕はオードブルを添えようかな」
「いや、待てルック早まるな!」
彼の左手にある紋章が何か分かったテッドは真っ青になるが、ルックは無表情のまますうと顔を上げる。

「誰が奥さんだ」


その言葉を最後に、三人の体は炎に包まれた。










大勢で食卓を囲むのは楽しいですねとレックナートは上機嫌でナイフを置く。
「今日は何か特別なことでも?」
「今日は夫婦の日だったから♪」
笑顔で答えたクロスに、レックナートはすっと視線を滑らし、そうですかと笑んで答えた。
「そういえば僕が料理の最中、セノがバケツに水入れて慌ててたけど、なんかあったの?」
ボヤ? と首を傾げるクロスに、テッドが苦笑いをしながら答える。
「まあたいしたことじゃないから」
「たいしたことだったよ」
じろり睨まれてシグールは肩を竦める。
「それじゃあ残りの二人に聞いてみようよ」
「…………」
「レックナート様、今日は夫婦の日です」
「ええ」
それは聞きましたね、とワインを片手にレックナートはシグールに穏やかな微笑を向ける。
「夫婦とは誰のことでしょう」
「クロスとルックでしょう」
「はい正解、じゃあどっちが旦那でどっちが奥さんでしょう?」

レックナートは一瞬の逡巡も見せず。
それが至極当然といわんばかりに。
「クロスが旦那でルックが奥さんに決まっているじゃないですか」
「クロスさん、同意します?」
間髪入れずジョウイに聞かれ、クロスは頷いた。
「うん」

「…………」
黙したルックはぎゅっぎゅっとムニエルを切り込む。
「ルック、そんなに力入れなくても切れるよ?」
「…………」
「ほら、ぐちゃぐちゃになっちゃうじゃん」
横から手を出したクロスは綺麗に切り分け一口サイズにして、ほらねとルックに微笑む。

「というわけで俺らは正しかったと」
「そういうことで」
「ルック、認めなよ」
「やっぱりルックが奥さんだよねぇ」

口々にそう言われ、レックナートとクロスにいたってはなんでそんな話を今更といわんばかりにきょとんとしており。
一人ルックは無言で、目の前のワインを一気にあけた。




 


***
夫婦! と来たらファレナス夫婦か4ルクしか思いつかなかった。

夫婦認定は享受してますが、自分が奥さんと言われるのは嫌なルック。
……役割分担は確かにクロスのが奥さんだけどね。
(なおこれは受け攻めの問題じゃないよるっくん)