上着を羽織ったルックに、クロスは首を傾げた。
「ルック、どっかいくの?」
「まあね」
「どこー?」
「……バイト」
それだけを答えて、ルックの姿は掻き消えた。
<魔法講師>
新人兵もそこそこ練習に慣れてきた頃。
例年のごとく、訪問者がいた。
一人はロッカクの里の副頭領も勤める実力者であり、軍に指南に度々訪れる。
もう一人は。
「はぁ〜、バレリア様のしごきは相変わらずすげーぜ」
夕食の時刻、新卒兵がため息を吐きながらテーブルに座る。
一級上の先輩も同じ時刻に夕食を取るので、テーブルに座っているメンバーは適度に混ざっていた。
「アレン様だって無茶なことさせるぞ」
「俺足腰立たねー」
筋肉痛を訴える腰を抱えながら、彼らは今日も訓練後の充実した満足感を味わっている。
この頃になると、その楽しみというものも分かってくる。
少しずつだが、漠然と夢描いていたものに近づく感覚だ。
「はーぁ、しっかしいいよなぁ、魔法隊は」
剣やその他の武器、または体術を中心に訓練をする普通兵と違い、魔法兵は主に魔法を扱うため、肉体的な訓練はそれほど厳しくない。
走りこみは同程度だが、馬術や剣術、筋力をつけるトレーニングの代わりに魔法能力を上げる訓練をするのだから、当たり前である。
「お前ら、楽だろ訓練」
「ま、足腰が立たないってほどではないな」
笑って新米の魔法兵は友人の前に腰を下ろす。
「暑いさなか鎧着込むわけでもないし」
「重い剣を持つわけでもないし」
「いーよなー、いーっすよねー先輩」
同意を求めると、一級上の先輩は苦笑して自分の同級の魔法兵に問いかける。
「だ、そうだが?」
「はっ、なんなら魔法隊に来るかい?」
「え、どういうことですか先輩」
同じ魔法隊の新兵に問われて、先輩はふっふふと怪しげに笑った。
目の焦点が合ってない。
「もうすぐわかるさもうすぐね……新卒からだから、お前達は明日にはわかるさ……魔法隊がトランで一番地獄に近い部隊だってコトを……」
ふっふっふ。
そう言って先輩は遠い目をしたまま夕食にフォークを突き刺した。
「そこの一般兵共、明日はお前らの同級の魔法兵一人も夕食に来ないぞ、賭けてもいい」
その意味を、新米らは翌日の朝知る事となる。
一同集合をさせられ、通常の魔法講師が敬礼をして迎えた相手は、一人の少年だった。
緑色の服を着て、緑のかかった薄茶の髪を風になびかせている。
女性と見間違うほどの美貌を、額にはめたティアラが強調していた。
「皆、特別指導官、ルック様だ。本日はこの方に指導していただく」
教官の紹介の間興味なさそうな様子をしていたその「特別教官」は、とりあえず、と言って、ひらり訓練場に降り立った。
「ルールは簡単、僕の攻撃を防ぎ切る事。攻撃はいくらでも自由に。リタイヤは認めない」
質問は?
簡潔に述べられたその言葉に、彼らが何か言えるわけもなく、質問なしと受け取ったルックはじゃあ始めようかと言って、右手を掲げた。
瞬間、暴風が彼らを襲う。
慌てて各自防御魔法を展開させるが、とてもじゃないが教官に攻撃まで手が回らない。
すさまじい勢いにじりじり気圧される中、皆嫌な事を考えていた。
リタイヤ認めないってどういう事だ。
答えはすぐに分かる。
持続力のない者や、集中力を切らしてしまった者から、防御が薄くなり。
そして。
「ぐえっ」
一抹の慈悲もなく、風に殴られた。
地面に倒れた彼らは、ぴくぴくと指先を痙攣させている。
しかし、風は容赦なく当たり続け、その体にダメージを与えていく。
「「…………」」
兵士達の顔に、一気に緊張がみなぎった。
倒れたら終わりだ。
これは、死ぬ。
全員が地面に突っ伏し、動かなくなってから十分後、ルックは一旦風を解除した。
「ふん、まあ去年に比べれば粘ったね」
「ありがとうございます」
横の教官が深々と頭を下げる。
「さてと、第二ラウンドいこうか」
呟いて、ルックの左手が輝く。
水の魔法で一気に全員の体力を回復させ目覚めさせて、ルックは綺麗な顔をとことん無表情にしたままで言い放った。
「さっきよりは保ってね」
そしてまた、「訓練」が開始される。
魔法兵の友人が一人もいなくて、新卒兵は首を傾げた。
「なにがあったんですか」
「……毎年のことなんだが、特別教官がきてな」
「はい」
魔法兵の先輩の話に相槌を打ちながら聞く。
「その人の風魔法から自分の身を守る訓練なんだ」
「……それでなんで全滅してんですか」
「普通一時間もせずに全員ぶっ倒れるんだが、直後に水の紋章で無理矢理回復させられて、日暮れまでそれが延々と続くんだ。最後の方は皆笑ってるぜ、脳がおかしくなって」
「…………」
「あの教官、魔力が尽きることがないらしい……」
明日は俺達か。
遠い目で呟いた先輩に、かける言葉のない後輩は、普通兵でよかったとしみじみ思った。
「ただいまー」
「ルックお帰り、寂しかったよー、一週間もいないんだもん」
「……はい」
帰ってくるなり抱きついてきたクロスに、ルックは今回の指導報酬金を渡す。
「わっ、何これどうしたのっ」
「年に一度のボーナス」
「え、ど、どっからこんな大金出てきたの!?」
「バイト」
これって、軽く半年分ぐらいの生活費だよ?
なんでなんでなんでー!?
もらったお金を見てびっくりするクロスに、ルックは意味ありげに微笑んで自室へと向かった。
***
レパントさんが気前よくお金を出してくれます。
他にもシーナの家庭教師とか、貴族の家庭教師とかも掛け持っています。
結構働き者ルック。