――いつか見つかると思ってもいなかった
ただ、そうただ君はそこにいただけなのに
<What I looked for>
洗濯物を干し終えて、クロスは思い切り伸びをする。
天候はばっちり、風も心地よく吹いているから、今日はおやつの時間前くらいには乾くだろう。
残りの山積みになっている家事を思い出し、はためく洗濯物に背を向けて塔へ向かいながら、ついつい口元が綻ぶ。
テッドをソウルイーターの中から引っ張り出し、彼の友人宅へ届けて早一週間。
押しかけた先は、レックナートの住む塔。
なんだってそこに、と聞かれれば、ルックという少年が面白そうだったから、に他ならない。
気が強そうで、自分勝手で我侭で、楽しめそうだと思ったからだ。
何が、とは聞いてはいけない。
「ルックー」
居間として使用されているスペースから呼びかけても、返答なし。
「ルックー」
また呼びながら、階段を上がっていく。石造りの階段は掃除が楽で助かっている。
小さな踊り場に差し込んでいる光が、淡くかげる。少しは雲も出ているようだ。
そんなことを考えながら、ルックの私室(の一つ)の前に到着する。
――立ち入り禁止――
との札がかかっているのを綺麗に無視して、ノックの数秒後扉を開く。
「ルック」
「何度言ったらわかるの」
苛立ち最高潮の顔で振り返ったルックに睨まれても、クロスはのほほんと返す。
「お昼何にするー?」
「かってにしろっ!」
「じゃあ抜きv」
にっこり微笑んで言ってやれば、あからさまに顔をしかめる。
クロスが来るまではルックが家事をやっていたそうなのだから、別に自分で作ればいいじゃないかと思わないでもないのだが。
……実は、クロスの料理がそん所そこらの料理人より上の腕並なので、今更自分の料理を食べる気にならないのである。
「……ロールキャベツ」
溜息をと共に吐き出したリクエストを聞き取って、クロスは楽しそうに笑う。
この反応を見るのがとんでもなく面白いのである、彼にとっては。
「わかった。じゃあお昼の時間になったらちゃんと下りてきてね」
というわけで、通算二十回目の「ご飯何にする?」はまたもやクロスの勝利に終わる。
ちなみにこのあと二回戦の「ちゃんと下りてきて一緒にご飯食べよう」もあるのだが、これは既に過去二回ルックが無条件降伏していた。
……まさか、剣の先に襟首引っかけられて階下まで連行されるとは思うまい。
「……はぁ」
実験室から出ながら、ルックは深い溜息を吐く。
あの「シグールの友人?の知り合い」が来てから、どーにもうっとうしくてたまらない。
居候の代わりに、家事一切を引き受けてくれたのには本気で喜んだが、朝叩き起こされ三食規則正しく取らされ、夜も深夜過ぎには寝ろと言われ……不摂生な生活習慣が染み付いていたルックには、きつかった。
階段を下りながら、踊り場の上にある窓から差し込む空を見上げる。
朝は晴れていたはずの空が、急速に曇りつつあった。
「…………」
見上げていたルックは、ついと視線をそらすと、昼食まで読書のために本が積みあがっている部屋へと足を向けた。
レックナートも交えて三人で昼食を取る。
「おや、美味しいですね」
「ありがとうございます。肉の美味しさを逃がさないのがポイントなんですよ」
「なるほど、キャベツも美味しいですね、適度に歯ごたえが残っていて」
「それは近くの野菜市で買ってきた新鮮なのですからね。やっぱり鮮度が命で――ルック、食べないの?」
ぺらぺらと話すクロスとレックナートの横でつついていたルックは、手を休めて外を見ていた。
声をかけ不審に思ったクロスは同じく外に目をやり。
「あーーっ!!」
叫んで立ち上がる。
ザー……
いい天気だったはずが、思い切り雨になっていた。
慌てて外へ飛び出そうとしたクロスに、ルックが冷めた声で言う。
「今から下りて取り込んだって、間に合わないよ」
「それでも、取り込まなきゃいけないでしょ」
「ばっからしい」
言い捨ててそのまま食事を続けるルックとクロスの様子をしばし覗っていたレックナートは、手にしていたフォークを置くと、ワインを口に運んだ。
クロスは何も言わずに、たったったと階段の方へとかけて行く。
無関心を装って食べていたルックだが、クロスの姿が視界から消えると、すっくと立ち上がった。
「ルック」
「……なんですか」
「温かい紅茶が飲みたいですね」
「…………」
ルックはがちゃんと荒い音を立ててポットを火にかけると、そのままキッチンの窓を開く。
風はそれほどないが、雨粒が降りかかってくる。
下を覗けば、丁度洗濯物に駆け寄っているクロスの姿が見えた。
どう見ても、一人で抱えて走れる量ではない。何往復かする羽目になるだろう。
「ばかじゃないの」
もう一度呟いて、ひらりとその身を外へ躍らせる。
ぶわと風が身を包んで、丁度いい速度で下へ降り立った。
「な……ルック!? 何してんの、ちょっ――」
「…………」
無言でクロスの手から彼が抱えていた洗濯物をひったくり、塔の中へと運んでいく。
呆然とその後を見送っていたクロスは、しばらくしてはっと我に返ると、残りの洗濯物を取り込みに戻る。
二人でやったおかげで、二往復で全て取り込むのに成功し、ドアの内側にへたり込んで、クロスは水滴を拭った。
「たすかったー、ありがと、ルック」
「……」
癒そうな視線を向けて、ルックは無言で部屋へと戻っていく。
そういえば食事中のレックナートをほっぽりだったとクロスは気がつき、濡れた洗濯物との優先順位を考えていたが、とりあえず皺にならないように干すだけ干しておこうと、一室に水滴
が滴る洗濯物を全て干してから、ダイニングへと戻った。
「レックナート様、すみません」
「どうぞ」
差し出されたお茶は温かく、濡れ鼠状態のクロスはふうと溜息を吐く。
一口二口飲んでから、あれ? と首を傾げた。
以前レックナートのお茶を飲んだが、はっきり言ってもうちょっと奇抜な味だったような。
「レックナート様?」
「美味しいですね」
「……ええ、はい」
はぐらかすように微笑まれて、クロスはもう一口お茶を飲む。
もしかしてこれって。
食事を片付け、さあ洗濯物どうしようかな、一々絞るしかないかと暗鬱な気分になりながら、干してあった部屋へ向かう。
家事は好きだが、やった事がパァになるのはあまりいただけない。
夕方でもないのに夕立なんて理不尽だと思いながらも、この時間から干してはたしてちゃんと乾いてくれるだろうか、まだ空曇ってるし。
明日へ持ち越しかなぁと思いつつ扉を開く。
「……あ、れ?」
そこに並んでいたのは。
濡れてねずみ色になった洗濯物ではなくて。
広げてあるシーツも、シャツも。
「乾いてる……?」
クロスが着替え昼食を済ませ片づけ――ひっくるめて一時間ぐらいだ。
その間に、ずぶ濡れだった洗濯物が自然乾燥するはずがない。
「なんで?」
呟きながらも数枚に触れてみるが、どれも綺麗に乾いている。
別に雨に濡れただけで地面に落ちたのではないから、これでお洗濯は完了だ。
しばらくミラクルな出来事に考えを巡らせていたクロスは、あっと叫んで身を翻し塔の階段を駆け上がる。
目的の人物のいる確率が一番高い部屋の前に走りこんで、ノックすることもなくドアを開けた。
「……何」
本から視線を上げることもなく、ルックが言葉少なに呟く。
「ルック、洗濯物、魔法で乾かしてくれたんだね、ありがとう」
「…………」
「あと、お茶も」
「…………」
無言でルックは僅かに身を動かして、クロスへ背を向ける格好を取る。
うんともすんとも言わないその背中に、クロスはもう一度言った。
「本当にありがとう」
「…………」
「嬉しかったよ」
「……っ」
溜息のような声が漏れて、次の瞬間彼の項と耳にかすかな朱が差す。
驚いて目を見張ったクロスは、次に柔らかく微笑んだ。
「――優しいね」
「あ、んた、ね」
よくも照れもせずそんなことが言えるものだと、言い返そうとしてルックは振り返る。
自分に向けられている、その柔らかい笑みに固まった。
「ありがと」
無愛想でつっけどんで、毒舌で気まぐれで。
だけど、自分が濡れるのも厭わずに外へ出て手伝って、何も頼まれていないのに洗濯物を乾かして。
感謝されて、照れている。
「……ルック」
数歩歩み寄って、そっとその頭をなでる。
柔らかい髪が指に絡んだ。
「君は、優しいね」
「―――っ〜っ!」
ほんのり、なんてものではなくカンペキに赤面したルックがクロスの手を叩き落とす。
ばっと身を引いて、じっと凝視する。
「あ、あ……」
あんた、と言おうとしているのだろうが、あんまりの出来事に声になっていない。
開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していたルックを、クロスはそのままじっと見ていた。
見上げてくる翠の目が酷く印象的で。
なぜだか、とても愛しいと。
そう、思った。
「また、雨降ったら、手伝ってくれると嬉しいな」
そう言うと、きゅっと口を結んで、ぎっと睨み上げてくる。
けれども、頬がまだ赤いので、あまり凄みはない。
「に、二度としないっ!」
「やっぱり全部ルックなんだ」
「――っ」
またも言葉を失ったルックに、クロスは楽しそうに笑いかける。
何がそんなに楽しいのかと、本気で聞きたくなるくらい。
ようやっと背を向けてくれて、ルックは内心安堵する。
じゃあねーと言い置いて出て行ったクロスは、扉をゆっくり閉めると、こん、と額をドアに押し当てて、呟いた。
「……僕は」
もしかして。
――そんな質問、馬鹿みたいだけど。
確かめるためにもう一度扉を開いて。
「あ、ねえねえ、夕飯何がいい?」
まさかまた開くとは思っていなかった扉を開けた相手を思わず視界の正面に捉えて、ルックは呆然としたまま呟く。
「……魚」
「わかった」
閉めた扉の向こうで、クロスは僅かに微笑んだ。
ちゃんと返してくれた事が嬉しくて。
こちらを見て言ってくれた事も嬉しくて。
「……そっか」
どうして、わざわざ引っ張り出したテッドの側じゃなくて。
ほぼ初対面の彼にこんなに強く興味を抱いたか。
「そっか」
納得がいって、楽しくて。
「いいよね」
誰ともになく呟いて、クロスは口笛交じりに洗濯物をたたみに行った。
***
ルック→クロスはDear Dear〜でやりましたが、これはクロス編です。
よ、よくわからないきっかけですが……。
ルックが好きじゃないクロスってのがあまりに久しぶりすぎてすごい違和感。(逆もしかり)
ほんとにバカップルなんだ……(遠い目