<睦月>





年越し前夜。
誰が言い出したか――というか、彼らが騒げる口実を見逃すはずもないが――夜通し騒ごうということで、各々差し入れ持参でマクドール家に集まった。

ちなみに昨年も同じ事を塔でやったのだが、その時はレックナートに強制転移をさせられて、だだっぴろい野原で朝日を拝む事になったのだった。
しかもルックが行ったことのない地方だったので転移で帰る事もできず、レックナートは迎えに来ず。
結局歩いて塔まで戻ったという苦い記憶がある。
今年はそれを踏まえての会場選びだ。

普段は酒好きな主人が飲み過ぎないようにと目を光らせているグレミオも、この日ばかりは無礼講と決めたのか何を言っても無駄だと思ったのか。
つまみをまとめて作ってしまうと、さくさく自室に引っ込んでしまった。

「今日は大目に見ますけど、私が起きてくる頃には寝ていてくださいね?」
それからくれぐれも近所の方に迷惑をかけないように。
それと紋章の使用も禁止ですよ。
「……グレミオ、僕らをなんだと思ってるんだ」
シグールの抗議を綺麗に流して、絶対ですよとグレミオは念を押して部屋を出て行く。

ちなみにここはマクドール本家であり、隣家までどれくらい距離があるのかわからない。
……どうやったら近所迷惑になるんだか。


机の上に並べられた皿のひとつから料理をつまんで口に入れたクロスが、さすがグレミオさんと感心していた。





「さて、始めますか」
シグールが部屋の片隅のカーペットを捲ると、床に鍵つきの扉があった。
「なんだこれは」
「僕専用の秘密酒蔵」
「……専用」
「元々は、いざという時のために重要な物をしまっておくためのものだったんだけどさ」
このご時世この家を襲おうなんて輩はいないし、仮にいたとしても歯が立つわけがない。
そんなわけでこの隠しスペースの意義がなくなってしまい、だったら湿度・温度共に酒蔵に丁度いいからというわけで。

いやそれ使い方違うだろ。
鍵を開けて中から上物の酒を次々に取り出していくシグールを見ながらテッドは思う。
それにしても。
「……お前、酒好きだな」
そういうと、小首を傾げて美味しいじゃん、と答えた。
「テッドは嫌いだっけ」
「嫌いじゃないけどな……」
曖昧な笑みを浮かべてテッドは言う。

嫌いじゃない、むしろ好きな部類に入るとは思うのだが、どうにも酔った例がないのでいまいち好きと言い切れない。
あのほろ酔い気分が好きという人は多いが、その感覚が分からないし。
テッドにとって酒は味を楽しむためのものであるから、度数より価値より味で選ぶ。
……味のある水みたいなものかもしれない。

「テッドはワクだからね」
酒のつまみと氷を持ってきたクロスが笑いながら茶々を入れる。
「お前だってそうだろが」
「僕は一応酔えるもんねー。テッドみたくどんだけ飲んでも顔色ひとつ変えないわけじゃないから」
「へぇ……」
「お前、余計な事考えるなよ?」
顎に手を当てて何か考え出したシグールに釘をさし、引っ張ってきたクッションの上に座る。
つまみと酒を囲むようにして全員が座り、かくて今年の酒盛りが開始された。





始まって約三時間経過。
酒盛りと言っても、酒を飲まないセノや人並みのルックのために普通のジュースも用意されている。
ジョウイと話をしながらちびちびとオレンジジュースを舐めていたセノに、あははーと笑いながらシグールが近づいてきた。
その手にはしっかりと酒の瓶が握られている。

「飲んでる〜?」
顔色は普通だし呂律もしっかりしているが、普段より幾分陽気に見える。
シグールはセノの手に持たれたコップを見て顔を見て、尋ねた。
「セノはお酒駄目なんだっけ?」
「……というか、飲んだことがないんです」

実は昔、一度だけゲンカクの酒を間違って飲んだ事がある。
すごく不味くて、しかも次の日凄く頭が痛くなった。
それ以来酒は敬遠しているのだが。
「ジョウイ、そうなの?」
「……師匠の酒は凄かったから」
下手したら火がついたんじゃなかろうか。
少なくとも、まだ十にも満たない子供が飲むものではない。

だったら、とシグールは手に持っていた酒瓶を掲げて軽く振った。
中で琥珀色の液体が揺れる。
「ジュースで割ったら飲みやすいんじゃない?これそんなに強くないし」
「……でも」
「好き嫌いを直すチャンスだよー」
酒は好き嫌いの問題ではないのでは、とジョウイは心の中で突っ込むが口にはしない。

瓶を開けて、中身をセノの持つコップに注いでいく。
オレンジの鮮やかな色が少しだけ落ち着いた色に変わった。
「……じゃあ、一口だけ」
無理しなくていいからね、とジョウイが隣で言っているのを聞きながら、セノはコップを傾けた。

口内に広がった味は、少しだけ苦味を帯びたオレンジ。
うっすら記憶に残っている熱くて不味いという印象とは全然違う。
つまり、美味しい。

これなら飲めるかもと気をよくしたセノは、一気にコップの中身を煽った。
「あ」
「セノ、そんな一気に飲んだら……」
ジョウイが止めてももう遅い。

ぷはっとコップから口を離して、セノは数度瞬きをする。
あ、なんか気持ちいいかも。


一方セノを傍らで見ていたジョウイとしては気が気ではない。
いくら薄めてあるといっても、酒に免疫のない人間がそんな一気に飲んだら急性アルコール中毒になってもおかしくない。
それにペースが速いとそれだけ早く酔いが回る。

俯いたままのセノを気遣わしげに見ながら、大丈夫かと尋ねる。
返事がなく、いよいよ危ないかと洗面所に連れて行こうと思ったが。
「……ぃ」
「何、気持ち悪い?」
「暑い」
「……え?」
上げた顔はほんのり赤い。
暑いの、とセノは口を尖らせると、おもむろに上着を脱いだ。
そのままアンダーに手をかけて、しかしその手はジョウイに阻まれる。

「セノ! 風邪ひくってば!」
「だって暑いし」
「シグール!!」
なんて事してくれるんだあんたは。


セノのシャツを押さえながら半泣きで叫ぶジョウイから逃げるように、すでにシグールはテッドの隣に戻ってきていた。
新しく瓶を開けるシグールを、ほどほどにしておいてやれよとテッドが苦笑交じりに窘める。

2人の前ではにこにこと笑いながら杯を空にしていくクロスと、それを奇妙な生き物を見るかのような目で見ながらちびちびと飲んでいるルックがいた。










一晩騒いで朝日を拝み、さてグレミオさんが起きてくる前にさっさと片づけて寝るかとテッドは振り返り。
「……早」
視線の先には四人がぐーすかと床に転がって寝ていた。
酒も入って一晩騒いでいたら眠いのは分かるが、それにしたって。

溜息を吐いて隣で寝ているシグールを起こさないように立ち上がり、毛布を取りにいっていたらしいクロスから一枚受け取ってかぶせてやる。
相変わらず行動が早い。
改めて部屋の惨状を眺め、思わず溜息が漏れた。
「……散らかったなぁ」
「グレミオさんが起きてくる前に片づけちゃおう」
「そうだな」
自分達が散らかしたものは自分達で片づける。
そんな自活精神が無駄なまでに身についている二人は、てきぱきと床に転がっている酒瓶やら空の皿やらを拾っていく。

セノを抱きしめて幸せそうに眠っているジョウイを見てつい脇腹を蹴ってしまったが、呻いただけで起きる気配はなかった。



 

 




***
新年フリー小説だったものです。
まだ出会って間もないころの彼等が最早書けません。






「……頭痛い」
「…………」
「もうお酒なんて飲まない……」
「(なんで脇腹が痛いんだろう)」

「お、起きたか」
「テッドー」
「今クロスが水持ってくるから」
「はいお待ちどー」

「……なんで、あの二人なんでもないの」
「一番飲んでた、よな」

もう年の功とかそういう問題でもないような。