<Each Christmas >
「めりーくりっすまーすっ」
「……テッド、嫌味?」
お祭り事騒ぎ事大好きなはずのシグールのやたら低いテンションにテッドは首を傾げる。
午後いっぱい彼はグレミオとともに飾り付けやら食事の支度やらプレゼントの準備やらに追われていたのだが、シグールは別に何も仕事がなかったはず……。
「何やってんだ?」
「カード書いてる」
「カード?」
「クリスマスカードだよ、去年もこっちは送ってもないのに寄越しやがって、返事書くのにどれだけ……」
ぶつぶつ言いながら床に散らばったカードを拾い上げ、リストに目を通して逐一名前を線で消していく。
親戚から大統領や大臣、はてはどんな関係かテッドがさっぱりわからない人まで差出し人は様々。
「それ、全部か」
よく見れば床一面に散らばっている。
「全部。疲れたよ……でも終わったけどねー……」
そりゃ前日まで溜めるのが悪いんじゃないかとテッドは思ったが、言わない事にしておく。
朝からこれしかやってないんだよねイブだってんのにふざけんな。
そう毒を吐いてからシグールは立ち上がって首をこきこき鳴らす。
「食事は?」
「今七面鳥がオーブンの中」
「先に食前酒のも」
「と言うと思って用意してあるぞ」
さっすが親友、と笑ってシグールはダイニングへ下りてくると、テーブルの上に置いてあった瓶を手に取った。
「うわ、なにこれ。レアなワインじゃん」
「俺からのクリスマスプレゼントって事で」
「どこで手に入れたの?」
「秘密」
手際よく栓を抜いて、ほら飲めよと濃い赤の液体が注がれたグラスに口をつけようとして、シグールは動きを止めた。
「テッド」
「ん?」
「ちょっと待ってて」
そう言うとキッチンへと入っていき、グレミオーと家人の名を呼ぶ。
どうかされましたか? と出てきたグレミオの手にグラスを押し付け、その中に自らワインを注いで、もう一つ引っつかんだグラスをテッドに持たせて、そこにもワインを注ぐ。
「はい、かんぱーいv」
「「乾杯」」
笑顔で自分のグラスを持ち上げたシグールに、己のグラスをちんと合わせ、グレミオとテッドは微笑んだ。
「あ、美味しいですねこのお酒」
「テッドのプレゼントなんだよーv」
「おや、頂いてよかったんですか? 坊ちゃんへのプレゼントでしょう」
「皆で飲んだ方が楽しいよな」
「うん」
笑って頷いたシグールは、もう一杯もう一杯と瓶を持ち上げる。
「七面鳥の様子を見てきますからね、また後でお願いいたします」
「っつーか最初から飲みすぎるなよシグール」
「へーきへーきっ、酔ってもテッドがいるもんねー」
「なんで」
「潰れたら運んでくれるでしょ〜v」
「……潰れるな」
明日はクリスマスなんだから完全に酔うまで飲んじゃダメ。
そう言われてシグールはえ〜と不満げな声を上げたが、楽しそうに笑って席につく。
「僕からのプレゼントもあるんだよ」
「お、なんだ?」
「今晩の僕の所有権」
「……辞退ありか」
「なしでー」
隣のテッドにそう言いながら抱きついたシグールに、テッドは笑う。
「前菜ですよ」
「ほら、離れろ」
「わーいっ、海老だー」
「はい、坊ちゃんのお好きな海老料理です」
グレミオも座ってね、とシグールに急かされつつ、彼が席について、夕食が始まる。
「メリークリスマスっ」
楽しそうに笑って言ったナナミに、セノとジョウイも笑んで返す。
メリークリスマス。
「みてみてジョウイっ、今年は奮発しちゃったんだよっ」
食卓の上に置かれた大きなケーキ。
二段の苺ケーキ。
それをうれしそうに囲んで腰をおろしたセノとナナミに手招きされて、ジョウイも椅子についた。
「かんぱーい」
グラスに注がれたのはオレンジジュースだけど、チン、という音とともに乾杯をして一気に飲み干す。
揺れるキャンドルの下には、クリスマスカラーで統一されたマットときちんと並べられたナイフにフォーク。
そしてもちろん。
「ほらほらジョウイ、分けて分けて」
セノに急かされながら笑ってジョウイは立ち上がると、七面鳥の切り分けを始める。
普通一家の長がやる仕事で、ジョウイが小さい頃は父親がやっていたのだが、ここではジョウイの仕事になっていた。
曰く、ナナミだと切り終える前にクリスマスが終わるし、セノは切ってる間食べられないのが嫌らしい。
「はい、足ほしい人」
「僕〜!」
フォーク握った手を上げて笑顔で言ったセノの皿に足の部分をおき、もう片方をナナミの皿へとおく。
和気藹々と過ぎるクリスマスの食事を終えると、セノがきらきら輝く目でナイフを握った。
今日のメイン、ケーキである。
「えっと、上の段から食べるのかな?」
「一気に切っちゃおうよ、二段一緒に食べたい」
「え……ナナミいくら食べるつもり?」
「よーし、いっきにいきまーすっ」
「えっ!?」
さくっ
思いっきりケーキを半分に上から切り、さらに何等分にかして、割合と細くなったそれをさらにえいっとセノが移す。
と。
ぺたん
「……う」
案の定、薄く切られたケーキは倒れてしまい、セノが顔をしかめる。
「倒れちゃったね」
「うん……」
「セノ、これ以上厚く切ったら胃にもたれるから」
僕はこれで十分だからと言いながらジョウイが倒れたケーキの載った皿を取ると、セノがナイフを下に下ろして俯く。
「……ケーキ」
「いや、二段ケーキ厚く切ったら……」
「倒れちゃった……」
「……うん」
「大丈夫だよセノ、セノの分は厚く切ってあげるから!」
「や、だからナナミ今はもう夜だからそんな厚く……」
「えいっ」
全体の八分の一くらいの大きな一切れを切り取ったナナミが、それを皿の上に乗せて笑顔でセノへと差し出す。
「はい、セノの分!」
「うん……うん、ありがとうナナミ」
笑顔になったセノがケーキを受け取って、嬉しそうにフォークを手にした。
「ジョウイ……足りる?」
「いや、十分……ほんと十分」
セノに勝るとも劣らない量のケーキを自分の皿に取ったナナミを横目で見つつ、ジョウイは残りのケーキをどう消費するんだろうと思いを馳せる。
ゆっくりと二人の凄まじい量に合わせるようにケーキを食べ終えると、セノが立ち上がるとまたナイフを……。
「二切れ目いきまーす」
「ま、まだ食べるのかいセノっ!?」
「だって、もったいないでしょー? ジョウイも食べようね」
「え……」
「食べてねジョウイ」
「……う、いや、あの」
「「食べてねv」」
「……わかったよ」
胃もたれの薬ってどっかにあったかなと。
そう思いつつジョウイはニ切れ目のケーキを受け取る。
「おいしーね、ジョウイ」
「……そうだね」
幸せそうな幼馴染を見て、ジョウイはその目を細めた。
「メリークリスマスっ、おはようございますっ!」
元気のいい声とともに、セラが姿を現した。
既に起きていたクロスとルックにそう言ってから、一目散にリビングに飾ってあるモミの木へと駆け寄る。
その下に山と積まれた中から自分宛の名前が付いたプレゼントを引っ張りだした。
セラは、白い頬を紅くしてつたない手つきで綺麗に包装されたリボンをほどく。
片方の重い箱の中に入っていたのは真新しいスケート靴だった。
真っ白の皮に赤い紐。
「うわぁ……」
きらきらと目を輝かせて取り出したセラは、ありがとうございますとこちらを見て微笑んでいるクロスとルックに礼を言う。
もう片方を開くと、中から真赤な布地が出てきた。
「これ……」
問いかけるような眼差しを向けると、ルックがさりげなく答える。
「前に町に行った時、見てたでしょ」
それは赤のオーバーで、さすがに値が張ったのでクロスに「なんでも好きなもの買ってあげるよ」と言われても言い出せなかったものだった。
とても綺麗な赤でとても可愛くて、でもクロスの作ってくれた青のコートも好きだったから、これでいいと思って我慢したのだ。
おずおずとそこにあるのが信じられないといった表情でセラはオーバーを触る。
「着て見せてよセラ」
クロスにそう言われて、セラはゆっくりと持ち上げ、上から羽織った。
少し大きめのそれは、膝下まですっぽり覆い、手もほとんど隠れる。
新しいせいで固めのボタンをつけてみて、セラは照れ隠しのように笑ってくるりと回る。
「似合うよ」
「うん、可愛いよセラ」
「ありがとうございますっ」
満面の笑みで言ったセラは走っていって座っていたルックに抱きついた。
「ルック様クロス様、ありがとうございます」
「気に入ったならよかったよ」
「セラ、なんなら午後から新しいスケート靴とオーバー着てすべりに行こうか」
「はい!」
朝食の支度を整えつつあるクロスを手伝おうとセラはコートを脱いで、お手伝いしますと申し出ると、それよりね、と笑って小さな箱を渡された。
「これ、ルックに持っていってあげて」
「? はい」
わたされた箱は本当に小さく、セラの手の中にすっぽりおさまる。
「ルック様」
「何? え、クロスが?」
何だろうと言いながらルックは箱を開く。
セラも後ろから覗き込んだ。
「……うわぁ……きれい、ですね」
中に入っていたのは小さなガラス細工の置物で。
キラキラと光の加減で光り、くるくると光線が回転する。
「クロス、これ、どこで……」
「ひーみつ。ルックそういうの好きでしょ?」
「……うん」
ありがと。
呟いたルックに笑って、クロスは料理をテーブルに並べた。
「さ、食べようか」
「クロス様」
「ん?」
「レックナート様は?」
「友達の所だってさ」
食べようと言ってルックがフォークを手に取った。
***
テッドとクロスは一緒にお買い物に行きました。
セノ宅の料理はセノが作りました、ケーキは買ったようです。
レックナート様はハルモニアの旧知のところへプレセントと御馳走せびりに行ってるようです。