乙女ときめくバレンタイン。
乙女じゃなくともときめく人が。





<Dead or dead……?>





「おまたせーv」
至極楽しそうに言うシグールの手には、一枚の皿が持たれていた。
何が乗っているか分からないように、ご丁寧に布が被せてある。
五人はシグールの顔と皿を一瞥すると即行で嫌な顔をして一体なんなんだと溜息を吐く。

シグールがこういう顔をしている時は大抵ロクな事じゃない。
というか誰も待ってない。

机の上に皿を置いて全員を見回すと、シグールは尋ねた。
「さてここで問題です。今日は何の日?」
「……誰かの誕生日じゃないし」
「あ、野菜の特売日」
「クロス、それは違うと思う」
「二月十四日、バレンタインデーです」
駄目だなぁとシグールは首を振って、皿に被せてあった布を取った。

現れたのは六つのチョコ。
どれもおいしそうだ。
「……いや、今日って女性が男性にあげる日じゃ」
「古いなぁテッド。今時自分のために高級チョコを買う人もいるんだから」
別に食べてもいいじゃないと笑うシグールに、単に自分がチョコを食べたかったからじゃないのかとテッドは心中でツッコミを入れる。

「というわけで、グレミオが丹精込めて作ってくれました」
ただ、と言い置いて可愛らしく首を傾げ、シグールはのたまった。
「ナナミちゃんが送ってくれた特製チョコと混ざってしまいましたv」
「「「ちょっとマテ」」」
絶対わざとだろお前。

「あ、ナナミからチョコ来たんですか」
「うん、まだあるけどとりあえずこれだけ」
さぁ皆で食べようか、と言うシグールに、セノだけは素直に頷く。
しかし他のメンバーはそうはいかない。

用意されたチョコは六つ。
内二つはあのナナミが作ったチョコだ。
しかも見た目ではまったく見分けがつかない。

「レッツセレクト☆」
「……シグール」
「何?」
「いい、何でもない」
さっさと取れというオーラを滲ませながら顔を向けたシグールに、ジョウイは泣く泣く一つ手に取った。

帰ったら自分達のところにも間違いなくチョコが届いている。
確実に食べなければならないのに、わざわざここでそんな危険を冒したくないのだが。


思い切ってチョコを口に放り投げると、口内に広がったのは甘い香り。
……甘い。
「セ……セーフ……」
机の上に脱力するように腕を投げ出して、深々と安堵の息を吐くジョウイ。
「甘くておいしーv」
隣ではセノが美味しそうにチョコを頬張っていた。
これでこの二人はセーフ。

ふと隣を見ると。シグールが無言で固まっていた。
「シグール?」
テッドが名前を呼んでも返事をしない。
チョコを口に入れた状態のまま固まっている。つまりは。
「シグール、当たりだったのか」
ジョウイが尋ねると無表情のままこくりと頷いた。

よっしゃと無意識の内にジョウイはガッツポーズを取っていた。
仕掛け人が当たりを引くほど面白い事はない。
ほら水、とテッドが苦笑しながらコップを差し出すが、シグールの視線はコップには向いていなかった。
隣の、喜んでいるジョウイに。

がしりと肩を掴まれてジョウイは横を向かされる。
次の瞬間。
「◎△%☆◇○□!?!?」

「あーすっきり」
「……グール」
「何?」
あ、テッドのがよかった?と訊くシグールに、テッドは力なく首を横に振り、床に倒れ伏したジョウイに哀れみの視線を向けた。
あれは二重の意味で衝撃だったろう。
ナナミのチョコを、シグールから口移しでもらうのは。

「ジョウイー?」
「……死にたひ」
僕は僕は僕は、と床に突っ伏してはらはらと涙を零すジョウイの姿に、ふとテッドはもうひとつのナナミチョコの行方を思い出した。
セノ・テッド・ジョウイ(最終的に食べる羽目になったが)はセーフ。
シグールは当たり。
それじゃあルックかクロスが食べている筈だが。

見ると二人とも普通に食べている。
……なんでだ?
実はナナミチョコひとつだったとか。

「クロス、いらないならちょうだい」
「いいよ」
自分の分を消化したルックがクロスから残りをもらってぱくりと口に入れ。
「……」
急にぼろぼろ泣き出した。

慌てるのは当然自分の分を渡したクロスだ。
「ルック!?」
どうしたのと尋ねるが、ルックは涙を零しながら水のコップを掴んで一気に中身を飲み干す。
だん、と勢いよく机の上にコップを置いて、ようやく言葉を搾り出した。
「……辛くて苦い」
「……クロス、お前のチョコ当たりだったんじゃないのか?」
「え」
どんな味だった、と聞くテッドに、別に普通の味だったけどとクロスは首を傾げた。
「少し辛いかなーとは思ったけど」
「チョコは、普通、辛くない」
あんた味覚おかしいんじゃないのといまだ涙目のまま言うルック。

 


当たりはきちんと二個あったらしい。
ただ食べた人間の味覚がおかしいだけで。

 

 

 

 




***
クロスは味覚障害ではないです。食べられる範囲が広いだけです。
ジョウイの悶絶とルックのぼろ泣きが書きたかった
……