<予兆>
目が覚めた。
まだ部屋の中は暗く、夜明け前だと知る。
……何かの夢を見ていたような気がするけれど、どんな夢だったかは思い出せなかった。
それでも胸に残る重いものが、その夢が決して幸せなものではなかったのだと物語る。
覚えていなくてよかったかもしれない。
クロスは無意識に頬を拭って、指先に付着した涙を奇異なものでも見るような目つきで見た。
なぜ、泣いていたのだろう。
ふと、自分の隣が空いているのに気付いた。
クロスが眠りにつくまでは確かにそこにいたはずなのに。
がばりと身を起こして室内を見回した。
――――夢が。
言い知れない胸の内に不安が過ぎる。
覚えていないはずなのに、夢の名残が胸を締めつけた。
控えめにドアが開けられる音に、クロスは弾かれたようにそちらを見た。
「……どうしたのさ」
起きているとは思わなかった相手が呆然とした様子で自分を見ているのに気付いて、ルックは訝しげに眉を顰める。
「ル……ック」
「寝ぼけてるの?」
自分を凝視し続けるクロスに、ますますルックは眉間を皺を深くする。
「どこ、行ってたの」
「別に」
目が覚めたから、と簡潔に言ってルックは寝床に戻ろうとする。
次の瞬間、クロスはその手を掴んでルックを抱きしめていた。
抗議する様に身じろぐ体を押さえつけて、離れないように、どこかへ消えてしまわないように。
「ルック……っ」
何かに縋るように名前を呟いて、クロスは腕に力を込めた。
「―――クロス、痛い」
その言葉に我に返ったクロスは、慌てて拘束していた腕を離す。
ルックは気にした風もなさそうに、落ちた上着を拾ってはたくと羽織り直した。
目線を伏せてクロスは謝罪の言葉を口にする。
「ごめ、ん」
「……なにかあった?」
「夢、見た」
どんな、と聞かれて返事に窮す。
覚えてはいない。
どんな夢で、誰が出てきてどうしたかなんて。
けれど起きた時に、隣を見た時に、あるはずのものがなかった事に恐怖した。
黙り込んだままのクロスを無視してルックはベッドに潜り込む。
ほんの数分しか経っていなかったはずだが、シーツを剥がれて夜気に晒された寝るスペースは冷え切っていた。
いまだ座り込んだまま動かないクロスの背中を見上げて溜息を吐くと、ルックは面倒くさそうに言った。
「寒いんだから早く入ってよ」
「……うん」
のそりとベッドに横になるクロスにすり寄って目を閉じたルックの髪をそっと撫でる。
「ルック、どこにも行かないでね」
「なにそれ」
「やだよ、一人でどこかに行っちゃ」
「……行かないよ」
今はまだ寒いし、と呟いて寝息を立て始めたルックを引き寄せて、クロスもまた瞼と閉じた。
それは夢でなく、予兆。
***
シリアスは好きだけど恥ずかしくて嫌い。
というより出したい空気の半分も出せない……。