<透明空>
静かな部屋で本を読む一時が好きだった。
積み上げられた一冊一冊を読破していくのは、楽しい。
「…………」
ふと顔を上げると、僅かに見える窓の外に青い空が見えていて。
その向こうを舞う鳥の影が、黒く点を作っていた。
くるくると飛ぶその鳥は、どこから来てどこへ行くのだろう。
――ルック、お茶にしない?
ああ
小さな溜息を漏らして、ルックは本を横に置く。
彼の側から離れてもう一年も経っているのに、まだ、聞こえる。
考えて、考え抜いて出した結論で、その場の勢いとかそういうものでは絶対ないのに。
失うものの大きさは、十分承知していたのに。
どうして、どうして、こんなに。
――何読んでるのー?
のぞきこんでくるその顔も、その声も。
触れてくるその指も、抱きしめてくれるその腕も。
全部。
全部、失うと分かっていたもの、なのに。
――またルックの好きな本、貸してね
あの塔の上の空は晴れているだろうか?
彼は今日も、何も変わらず洗濯物を広げて、塔の掃除をし、食事を作っているのだろうか。
部屋の置物の埃をはたいて、濡れた布で机を拭き。
服のほころびをランプの下で直して。
まるで一枚の絵のようなあの静かな一瞬を、ルックは大切に胸にしまっていた。
俯いたクロスの顔がランプの明りに照らされて、その膝の上に置かれた布を器用に縫い合わせていく。
時には、その膝の上に置いてあるのは本で。
綺麗な声で、セラに読み聞かせて。
あるいは、何も乗っていない膝の上を叩いて。
自分へ手招きして、笑う。
――おいで、ルック
声が聞こえる。
朧にかすんだその姿に、思わず立ち上がる。
――ルック
優しい声で呼ばれて、ルックはふらっと数歩歩く。
広げられた腕が、とても近くてとても遠くて。
穏やかな笑みが懐かしくて、幻影に歩み寄って呟く。
「クロス……」
手放したのは自分なのに。
失う事は覚悟できていたのに。
それなのに、それなのに。
「クロスっ……」
会いたいと、そう呟く資格すら持っていない。
「ルック様、神官将がお呼びです」
耳に響いた馴染みの声に、ルックははっと我に返る。
目の前の幻影は爆ぜて消え、ただ暗い部屋だけが残る。
「……今行く」
言葉少なく返すと、ハルモニア神官の服をまとい身を翻す。
部屋の外に出れば、セラが心配そうな面持ちで見つめてきた。
「ルック様、どうかなされましたか?」
「……疲れただけだよ」
仮面を顔につけて、表情を封じる。
誰も見なくていい、こんな自分の顔なんて。
「……セラ」
廊下をゆっくり歩きつつ、仮面の男は呟いた。
「空は、青いかな」
その言葉の裏を悟って、セラは一瞬泣きそうな顔をした。
「……はい。はい、きっと」
「そ、っか」
帰れない。
帰りたいと、言う資格はないから。
帰れない。
だから、せめて、あなただけは。
青い空の下で。
鳥になって飛んで行ければいいのだけど。
あの透明な空に、あの鳥になって。
「ありがとう、セラ。戻ってなさい」
「はい」
一人扉に手をかけて、仮面の男は小さく息を吸う。
失って、彼を失ってまで、何をしたかったかを思い出す。
「――神官将、お呼びですか」
「……ああ、来たね」
穏やかな笑みを浮かべて、ササライが振り返った。
***
年始めにルックをば(笑
なんだかんだで一番好きなのは彼のような。ツブシきくしね。
4ルクはシリアスの方がやりやすいですね……。