1.waiting
 




陽射しの中で伸びをしたルックは、首を傾けて横にいる相手を見る。
目を閉じてスヤスヤと寝ているその姿は、自分と大して変わらないように見えるが、実年齢を聞けば百五十と少しと言うから驚いた。
薄い色素の髪が日光で煌めいている。
伸ばされた指先が、ルックの服の端に引っかかっていた。
「……」
眉……をひそめたルックだったが、動かせば起こすかもしれないと思って払いのけるのを止める。
元来、自分の側に他人が寄ることを嫌うルックが、ここまで配慮するのは珍しい。

というか、ありえないと知り合い一同は声をそろえて言うだろう。

起きた時のこいつのやかましいのが嫌なんだと、自分を無理矢理納得させてルックは上半身だけを起こしたまま枕にしていた本を広げる。
ページをめくる事しばらく、ううんと唸って体を起こしたクロスが、こちらへ向かって微笑んだ。
「おはよ、ルック」
「……朝じゃない」
「うん、そうだね」
何読んでるの? との質問に無言で返して、ルックはページをめくる。
クロスが塔に転がり込み半ば強制的に居候権を手に入れてから一ヶ月――いい加減あしらいにもなれた、はずだ。
「今日の夕飯は何がいい?」
「……卵、食べたい」
「卵粥かなキッシュにしよーかな……」
どっちがいい? と尋ねられて、ルックはしばらく考えてから卵粥、と返す。
わかったよ、と答えてクロスは立ち上がる。
立ち上がってから自分の上着を脱いで、ルックの肩にかけた。
「そろそろ冷えるからね」
「……いらない」
「じゃあ中入る?」
「……嫌だ」
「なら着てなさい」
有無を言わせない笑顔でそう言うと、クロスは塔の中へと入っていく。

見送ったルックは肩にかけられた上着の端を握り締めた。
 

 


夕食を終え一通りのことをこなして、自室のベッドの上で寝転がっていたルックが、最近不眠気味だったので今日はそろそろ寝ようかと明りに手を伸ばした時、ノック音が聞こえた。
レックナートがルックに会いにくるワケないので、クロスだ。
「……何? 用があるならそこで言って」
「ホットミルク持ってきたんだけど……ここ数日寝れてないでしょ?」
 ほっといてよと言う前に、ドアが開いてお盆にカップを二つ乗せたクロスが笑みを浮かべて入ってくる。
「はい」
「いらない」
「蜂蜜入れて甘くしたから」
好きでしょ? と言われてルックの手がカップに伸びる。
一口すすって、また一口と飲む彼を、クロスは優しい眼差しで見つめる。

「何、見てるの」
厳しい目を向けられて、クロスは少しだけ笑った。
「ううん、美味しそうに飲むなあって思って」
「…………」
無言でまた一口すするルック。
前にケーキを食べる彼にそう言ったら、背を向けられたのだが、これは進歩なのか。
微妙だなあと内心苦笑していたクロスに、ルックは呟く。
「なんでミルクなの」
「ホットミルクは体を温めるからよく寝れるんだよ」
空になったカップを受け取って、クロスはルックの頭にそっと触れる。
いつもならここで嫌がられるのだが、今日のルックは無表情で何の反応もしない。
「お休み」
「……早く出てって」
はいはい、とクロスは自分のカップをお盆の上に乗せて、部屋を出て行く。
 足音が遠ざかるのを聞きながら、ルックは明かりを消して横になった。
「……わけ、わかんない」
邪見にしてるのにどうして構うのか。
突っぱねてるのになんで優しいのか。
だけどそれは、押し付けがましいものではない、わけで。
「……寝よ」
翠の目を閉じて、ルックは忘れようとした。
額に触れた温かな手の感触を。