<実験準備>





魔術師の島。
に聳え立つ塔。
の、中の一室。

薄暗い部屋に壁一面を埋め尽くす棚には瓶等に入った妖しげな薬品や物体がずらぁり。
とってもとっても怪しいお部屋だったが、事実とってもとっても怪しい。
そんな中、でかい机の上にでかい本を広げて、熱心に読みふける美少年一名。
……かなりミスマッチだが、この際置いておこう。

「ルック」
部屋の扉を問答無用に開き、ひょこりと顔をのぞかせたのは、悪魔(命名byジョウイ)との二つ名をもつ少年だった。
笑みを浮かべた顔は可愛らしいが、その外見に騙された人間はその後の人生はおろか来世七回分くらいは後悔する羽目になる。
「……なに?」
「この間そこに入り込んで荒らしたら、いいもの見つけたんだよね?」
そう言ってほらと取り出して見せたのは、小瓶に入った一見透明の液体。
だが、彼が無害のものなんざ一々持ってるはずもなく。
「何、それ」
嫌な予感がしたが、ルックは一応聞いてみる。
そしてやはり、予想に違わぬ素敵な返事を頂いた。
「媚薬」
「……で、それが何」
「けどこれは飲む専用っぽくてさー」
貼ってあるラベルに目をやれば、確かにそのような事が書いてある。
「でもクロスに渡せば有効利用してくれ「やめて」
頬を赤く染めたルックは、シグールの手から小瓶を奪う。
どうやらソレは使用経験があるらしいが、そんな事は今はどうでもいいので流す。
「……で、何が目的?」
「揮発性の、ある?」
「揮発性?」
揮発性の媚薬――だろうがなんだろうが――は効能が薄い上に効かせるには香を焚いたり炎で熱したりと、とにかく蒸発しなくてはいけないので、扱いがめんどくさい。
という事は、需要がないわけで、当然普通に存在しない、あまり。
暗殺用の毒でたまにないわけでもないが、即効性の毒をつけた矢で射る方がよほど楽。

何に使うのかと言うのは愚問だろうと理解していたルックは、一回棚をざっと眺めて眉をしかめた。
「ないね」
「作れる?」
そう言いつつガタンと重い音を立てて机の上にシグールが置いたのは、石製の灰皿だった。
「……なるほど、ね」
頭痛を堪えるようなルックの――事実堪えているのだろう――表情に、シグールはからから笑う。
「これ暖炉の中で熱しておけば十分温まるでしょ?」
「その中に薬なんて入れてテーブルの上に置いたらバレバレだけどね」
「ご自身の手で入れてもらうから、心配ない」
君は薬だけ用意すればいいの、と言われてルックははあと溜息を吐いた。
どうやら、逃げ道はないらしい。

「あ、効能は強めで」
「はぁ? 強い媚薬って本当に強いけど」
「いいの、僕はテッドの自制心を信じてる」
なんか違う、と突っ込もうと思ったルックはそれを止め、灰皿片手にシグールが部屋を出て行くと、早速戸棚からいくつかの薬品を取り出した。
新しい薬を作るなんて芸当は無理なので、既存の物を適当に混ぜる事にした。
大き目の瓶の中に注いでしゃかしゃか混ぜ、空き瓶の中に注ぎ込む。

……見事に毒々しいオレンジ色の液体。
……これ、飲む阿呆がいるんだろうか。
……灰皿に注ぐ阿呆すらいそうにない。

だがそんな事はルックの知らぬ事なので、小瓶を乱雑に並べられた棚の隅に置いて、もう一度読書に戻った。









「るーっくん」
「るっくん言うな」
「できた?」
「はい」

本から視線を逸らさず、ルックはオレンジの瓶をシグールへと投げつける。
ありがとねーと言って出て行った彼に、間違った瓶を渡したのに気付くまであと十分。
 

 

 



***
友人に要請されて書いたもの。
……じつは「実験」にはこんな裏があったのです。
……だから、テッドが取り上げて灰皿に注ぐまで計算でした。