<lament>
――――ごめん アルド
――――ゆるし て くれ
「なんでお前が……」
愕然として目の前で口元だけで笑っている「親友」をテッドは見つめる。
「ひっ、人の寝室に勝手に入って」
「ここ、僕の家」
「……ですね」
家主にきっぱりそう言われ、テッドはがくりと頭を落とす。
名前だけならともかく、かろうじて成人程度のこの年でマクドール家関連を(特に金銭面)全部仕切っているのだから、恐れいる。
名実ともに当主なので、およそ居候のテッドがうんやかんや権利を主張できるわけでは――……。
「……いや待て、人にはプライバシーってもんがな」
「テッド」
冷え冷えとした口調で遮られ、テッドは背筋を冷や汗が流れるのを感じた。
こういう時思う。
いったい、あの可愛いシグールはどこへ消えてしまったのだろうかと。
デュナン統一戦争で関わった面々によれば地が出ただけだそうだが、とてもそうとは思えないテッドだった。
「アルドって誰」
「……それは俺のプライ」
「プライバシーなんてあると思ってんの」
「……シグール、なに怒って」
「アルドって誰」
「だから」
「……お家に戻るかい、テッド君」
ぐわし。
ベッドに座ったままのテッドの頭を右手で掴んで、シグールは言った。
はっきり言って、ひっじょーに怖い。
「昔の、仲間」
「仲間? いつの」
「クロスと一緒にいた時だよ、弓使いで……」
「テッドの持ってた弓って、その人の?」
鋭い指摘をされ、テッドは沈黙する。
事実だったが、まさかそんな事で気付かれるとは。
黙りこくったテッドの正直な反応に、シグールは溜息を吐いて彼の隣に腰かけた。
他の人なら煙に巻くテッドが、こうやって無防備に本音を垣間見せてくれるのは嬉しいけど。
……それはたぶん、自分だけじゃないと、クロスを見ていて思う。
「友達だったの?」
「どうだろう、な」
「はっきり答えて」
なんでこう、「浮気を問い詰められる夫」みたいな立場なんだよ俺はと自分に突っ込みつつ、テッドは重い口を開く。
忘れられない彼の最期。
それは絶対、忘れてはいけない記憶。
「世話焼きで……屈託がなくて、何度邪険に扱っても付きまとって、結局……」
「……ソウルイーター?」
「……違う」
紋章は、近くにいる人間の命を吸うわけではない。
ただ、それに寄せられるようにトラブルが発生するものの、それとこれとは関係ない。
結局のところは――彼を守れなかった自分のせいで。
「守って、やれなかったんだ」
付いてくるなと言ったのに。
それでも、全力で痕跡を消して立ち去る事のできない自分がいた。
あの船の上は思いのほか心地よくて。
名前を呼んでくれる人がいるのは、記憶していた以上に嬉しくて。
「突き放せなかったっ――!」
シグールの手が、テッドの手に重ねられる。
「テッドは悪く、ないよ」
「……俺が、悪い」
「じゃあ僕も悪い、僕もテッドを殺した」
「シグ」
暗いシグールの瞳に、テッドは口をつぐんだ。
彼がそうやって言い切るのを、言葉にするのを、初めて聞いた。
「僕がテッドを殺した、グレミオを殺した、父親まで」
「……シグール、アレはお前のせいじゃ」
「じゃあアルドって人もテッドのせいじゃない」
でしょう?
そう聞かれた言葉に、テッドが黙りこくっていると、パンと軽い音をたてて、頬に熱を残してシグールが立ち上がる。
「し」
叩かれた、とわかった瞬間唖然として、テッドは思わず引き止めたが、彼は僅かに視線だけで振り返るに留まる。
「テッドのわからずや」
「……お前、な」
「明日までにまともな答え出せないなら本気で喰ってやる」
「ちょっ」
言い捨てて部屋の外に出て行ったシグールをぼんやりと見送ったテッドは、赤くなっているであろう頬に手を当てて、まいったと呟いた。
彼はこうやって、何度も自分を救ってくれるのだ。
百五十年間も苦しみ続けた、この事からも。
***
……だから、テド坊はムリなんです。
(という過去の叫び)