<役目>





一瞬の隙だった。
何時ものように船に乗り上げてきたモンスターを追い払う。
それはすでに日常に組み込まれている仕事のひとつであり、さして強い相手だったわけでもない。

襲いかかってくる巨大カニの足とエイとをまとめてかわして飛び上がる前にエイを袈裟懸けに切る。
その残骸が視界を遮り、クロスは邪魔とばかりにそれを薙いだ。
一瞬の事だった。
気付けば、一度はかわしていたはずのカニの足が頭上にあった。

そして、一瞬後にその場に倒れたのは自分ではなく。
少し離れた場所で戦っていたはずの人。


目の前で倒れたシグルドを中心に、じわじわと赤い染みが甲板に広がっていく。
放っておけば命に関わるのは容易に想像できた。
「シグルド!――――っそ!!」
ハーヴェイが駆け寄ってこようとするが、まだ残っているモンスターに行く手を遮られて舌打ちするのが聞こえる。

クロスは何が起こったのか一瞬わからなかった。
ようやく自分が庇われたのだと思考が追いついた時、叫びが喉をついて出そうだった。
「……っ」
声が喉に絡まって出てこない。
無意識に、倒れて動かないシグルドを狙うモンスターを退けて、ふとシグルドの視線とかち合った。

ほとんど意識はないのだろう。
半分しか開いていない目で彼はクロスを見て、それでも血に濡れた唇で大丈夫だと言葉を綴る。
そしてゆっくりと瞼が閉じ。



すっと頭が冷えた。



再び襲ってきた足を一気に叩き切って、カニの体をも船上に沈めた。
辺りに酷い血の臭いが漂い、クロス自身も頭から粘つく赤い液体を被る。

剣についた血を振り払って首を巡らせば、敵を片づけたハーヴェイがシグルドに駆け寄っていた。
隣でミレイが応急処置のため水の紋章を発動させ始めている。
ここから様子は伺えないが、おそらく意識はないのだろう。
誰かが呼びに行ったらしく、ユウが丁度甲板に出てきていた。

喉の奥にこびりついた言葉を空気と共に飲み込んで、クロスは淡々と指示を出していく。
「二・三班の人は他のモンスターが集まってくる前に死骸を海に落として。あと掃除も」
「は、はい」
「クロスさん、できれば陸に船をつけれますか」
シグルドを見て僅かに顔を顰めたユウが尋ねる。

それに頷いて、クロスは一瞬だけ青褪めた顔のシグルドを見て、操舵室へ足を向けた。
ハーヴェイの信じられないという顔には気付かない振りをして。

返り血をかなり浴びた姿で現れた船長にぎょっとしている船員に行き先の変更を告げ、その足でエレノア達に報告に向かう。


血塗れでよかった。
お蔭で手先から落ちる雫が何のものなのか分からないから。



 

 



シグルドの怪我はかなり深いもので、一歩間違えれば致命傷だったらしい。
それを聞いたのは、報告に言ったらエレノアに返り血を洗い流せと怒られてその通りにして、改めて進路の打ち合わせをした後だった。
告げに来たハーヴェイは何か言いたそうだったが、結局は何も言わずに行ってしまった。
おそらく医務室へ行くのだろう。

その後姿を見送り、甲板の控えメンバーを交代させないとなぁと考えながら廊下を歩いていると、テッドに出くわした。
テッドはクロスを見て一瞬驚いた顔をして、尋ねてくる。
「お前、なんでこんな所にいるんだよ」
「なんでって?」
問い返すと、虚を突かれたようにテッドは息を呑んだ。

僅かに眉を顰め問い詰めるような声音で聞いてくる。
「シグルドが倒れたんじゃないのか?」
「うん、今は医務室にいる」
「だっからお前がなんでここにいるんだよ」
噛み付かれるような勢いで言うテッドにクロスは苦笑した。
ハーヴェイも同じ事を聞きたかったに違いない。

「だってこれが僕の役目だから」
「クロス?」

本当は今すぐにでも傍に行きたい。
ごめんなさいもありがとうも、言いたい事は多くある、けれど。
今傍にいても自分は何もできない。
そして自分はこの船を預からなきゃいけない存在で、やるべき事は多くある。

大丈夫。
大丈夫だと彼が言ったのだから。
自分はそれを信じて、自分の役割をする。

「それじゃ、まだ見回りあるから」
笑顔を作ってそう言い残すと、クロスはまた仕事に戻った。




 

 

 


***

「sting」の話。