<金銭感覚>
それは、他愛ないジョウイの一言から始まった。
「シグール」
「何?」
「この屋敷って、大きさの割には使用人数少ないよな……?」
それはね、といってにっこりこの屋敷の主人は微笑んだ。
「亡国の皇帝とか皇帝とか僕の親友とか皇帝とか皇帝とか死んだはずの人間がしょっちゅううろつくから、信頼できる人間しかこっちにおいてないんだよ」
「…………」
「こっちって?」
セノに聞かれてシグールは微笑む。
「もう三つほど別邸があるから」
「……別邸」
「あ、本邸ここじゃないよ?」
「……へえ」
これ以上その話題に触れまいと、ジョウイは別の質問を繰り出す。
「そういえば買い物に行きたいなあと。セノに冬物の服をそろえてあげたいし」
「……疑問なんだがジョウイ、お前らその生活費どこからきてるんだ?」
盛大に本をテーブルの上に広げて、ルックとなにやら話し込んでいたテッドが、顔をジョウイの方へ向けて問う。
「生活費は……デュナン国から」
「仮にも国王飢えさせるわけにはいかないでしょ」
なるほど、と頷いてテッドがキッチン奥から出てきたクロスに声をかける。
「ジョウイが買い物行きたいそうだ」
「買い物?」
テーブルの上の本を片付けだしたクロスが、鸚鵡返しに言う。
「買い物なら近々トランとデュナンの国境に買い物市が開くけど、ちょっと高いよ?」
いいけど、と呟いてジョウイは首を傾げる。
「程度によるな、どのくらい?」
「ん〜、冬物の上着なら五千から一万ポッチ」
そのクロスの言葉にジョウイより先にルックが返す。
「……高」
「そうか? まあそんなもんだろ」
本をがさがさと積み上げながらテッドがルックに言うと、高いと繰り返す。
「服なんて数千で十分」
「……そう、か? 高いのかクロス」
「うーん……僕はまあ物がよければ十万だしてもいいけどさ」
ぶっとルックが吹く。
「あんた何考えてんの、服如きに十万!?」
「……クロスの金銭感覚は微妙だからな……」
安売り市を細かく知っているかと思えば、妙なところで出し惜しみをしない。
さすが、貿易で一財産を築いただけはある。
「十万はちょっと普段着にはなぁ」
「……普段着でなければいいのか」
「え、違うのか?」
「……もぉ、いいよ……」
突っ伏したルックがぼやく。
レックナートの収入源は占い料、ルックは当然外で働く時(天魁星に協力)はただ働きだから、ここの収入はかなり少ない。
実は結構ジリ貧生活なのである。
対してジョウイは一応貴族だし元皇王だしさほど金銭的に厳しい生活はしていないというか結構裕福だったのだが。
「クロスさんケーキ持ってきましたー」
「うん、そこ開けたからおいて」
セノはカステラを持ってきてテーブルの上に置くと、クロスにじっと見られている事に気がつき、なんでしょうと尋ねる。
「セノは、十万ポッチの上着ってどう思う?」
「……王様の上着ですか?」
あ、そう来たか、とテッドが呟いた。
「シグールは?」
「あ。シグールは……」
聞かない方が。
そうテッドが言いかけたが遅かった。
「は? 別に着てる服が数百万だろうが数十万だろうが数千だろうがいいでしょ」
くだらないと言い捨てるシグールだったが、テッドが小声で皆に言う。
「……こいつ、昔着てた服はどれも素敵にオーダーメイドで一級品の生地を使い下着から靴から上着まで、どれも相場は五万から数十万、晴れ着に至っては数百万」
「……庶民の敵め」
「もう一度言ってごらん愚民のジョウイ君?」
笑っていない笑顔で返して、シグールはびしりとジョウイの鼻先に指を突きつけた。
「だーいたい、デュナン国が創立まだ二年弱なのになんで君を養うまでのお金があるか知ってるかい?」
「は?」
シグールはにっこり微笑んだまま言った。
「トラン国の某大貴族が積極的に貿易してあげてるからなんだよ?」
「……へ」
「……ジョウイ、とりあえず謝っとけ」
テッドのありがたい忠告は、ジョウイの耳には入っていない。
あそうかと呟いたのはセノだった。
「そういえばシュウが言ってました、トラン・デュナン間での貿易を優先してくれてすっごく助かってるって。シグールさんのマクドール家は貿易もたしか」
「うん、手を出してるからね」
はい感謝しなさいとシグールに言われて、ジョウイはしぶしぶどぉもと呟く。
苦笑するテッドに、ルックは眉をひそめた。
「貿易? 聞いてないね」
「ああ、まあたいした規模じゃないし」
ひらひらと手を振ってそう言うシグールに、テッドがさらに苦笑する。
「お前……普通数億ポッチの規模は個人が握るにしては大した規模だ」
「そーなの?」
でもそんなの全体からしたら大した事ないんだけどなとのシグールの言葉に、ルックが両耳を押さえて呟いた。
「聞きたくない……」
「……そうだな」
「ええ? 数億規模は貿易するなら当然だよ……ね?」
「……クロスさん、あなたいったい何を」
ジョウイが視線を逸らして嘆く。
だめだ、まともな金銭感覚の奴いやしない。
……とは言えども、ジョウイの金銭感覚だってまともじゃないんだが。
「坊ちゃん」
ちょうどそこにやってきたグレミオが、するりとエプロンを外して微笑んだ。
「ちょっと安売り市が近くに開いているのでお肉買ってきますね、キロ辺り千三百のがいつもより四割引きでお買い得なんです」
「わかった」
「今晩はステーキにしますから、皆さんもよろしければどうぞ」
それじゃあお留守番よろしくお願いします、と言って去っていったグレミオを指差して、ルックは問う。
「アレについては何も言わないわけ? みみっちぃとか」
「グレミオは安売りが好きなんだ」
ただそうとだけ答えたシグールは、ちらと視線をジョウイへ滑らせて微笑んだ。
「セノ、今度僕と服買いに行こうか、おそろいで」
「いいんですか? うわあ、嬉しいなあ、行きます!」
「…………」
項垂れたジョウイに、口々に三人がコメントを投げかける。
「相手が悪いね」
「まあ諦めろ」
「シグール、テレポート代金として僕の服も買え」
数日後、笑顔でお出かけする五人と、一人とぼとぼ荷物持ちでついていく男の姿があったとか何とか。
***
金銭感覚お届けいたしました。
坊ちゃんとクロスはいたく捻じ曲がっている気がする。