<社会見学>





グレッグミンスターの図書館で解放戦争についての本を読んだクロスは、嬉々とした表情で台所のドアをくぐった。
丁度夕食の支度をしていたグレミオを見つけて近寄っていく。
今日の献立は煮込み料理らしい。
「グレミオさんグレミオさん」
「どうしました?」
クロスの呼びかけに柔和な笑みでグレミオは尋ねた。
これでテッドやルックなら、今度は何を企んでいるんだと引く所だろう。

クロスは借りてきた本の暗記してあったページを開いて、そこに書いてある数行を示した。
非常に興味をそそる事柄だったので、ぜひ確認しておきたかったのだ。
「これ本当ですか?」
「ええ」
坊ちゃんは嫌がってましたけどね。
あの時は大変でしたと思い出に浸り始めたグレミオにクロスはにっこり笑って、そうなんですかと頷いた。


次の日。
朝から 突然何を言い出すかと思えば、社会見学に行きたいと言う。
しかも行き先がトラン城。
いいなと相槌を打つテッドとは反対に、
「社会見学ならもっと別な場所が」
「城って貴重なもの沢山置いてあるじゃない」
「けどほら、一般人がそうそう入れるわけ」
「そのためのシグールでしょ」

僕は人間通行証か。
思わず突っ込んでしまってそれに盛大に頷かれてしまったシグールは、くじけそうになる気持ちを奮い立たせつつ他の理由を探す。
何が何でもクロスやテッドを城に行かせたくない。
あそこには見られたくないものが。

適当な理由が見つからずに焦るシグールは、ふとクロスの脇に抱えられている本の題名を見て硬直した。
『トランの歴史〜英雄の軌跡〜』

そ れ は 。

視線をクロスに向けると素晴らしい笑みを返され、知ってて言ってたのかとシグールはがっくりと肩を落とした。










というわけで。

「あーっはははっはっはっはっ」
「…………」
「……すーげぇ」
クロス、英雄の像の前で爆笑中。
隣に立つ本人は、下を向いて何かを堪えている。

城の敷地の一画は一般人でも入れるようになっていて、そしてそこに鎮座されていたのはこの国建国の英雄の像だ。
台座に立つ像は本人よりも幾分か大きい。

……だから嫌だったのに。
横で笑っているクロスを睨みつけるが本人は気付いた様子もなく笑い続けている。
像を作ると知った時もここに置くと聞いた時も、散々反対したのはこうなる結末が見えていたから。
あの時は結局グレミオを始めとする周りの人間に説得されてしまったが、今にして思えば断固として突っぱねるべきだった。

「……テッド」
「なんだ?」
「食べていい?」
薄笑いを浮かべながら呟いたシグールに、何をと問おうとしてテッドは主語に気付いてぎょっとした。
同時に右手にあるソウルイーターが疼く。
テッド自身が発動させようと思っているわけでもないのにコレが疼くということは。
「おいシグール」
慌てて名前を呼ぶが、シグールは手袋を取っ払って、隣のクロスに向けていた。
笑っているはずなのに半眼が恐ろしい。

「いい? いいよね、久し振りの食事だしさ」
「うわーーーーーシグール止めろっ!! クロス! お前もいい加減笑うの止めろっ!!」
「だって、だってこれ……っ」
「ご飯だよソウルイーター」
「だから止めろっつーにっ!!」

英雄の前で笑う人間と不気味な雰囲気を醸し出している人間と喚いている不審人物達がいます。
その内の一人がなんだか建国の英雄にそっくりなんですが。
見回りの兵士からそんな報告を受けたレパントが血相を変えて走ってくるまで、辺り一体は暗く淀んだ空気に包まれ人が一切近づけなかったとか。



結局その場はテッドがソウルイーターを押さえ込む事でなんとか収まり、像を壊そうとしたシグールはようやく笑いが治まってきたクロス共々テッドに引き摺られるようにして帰っていった。

それを見届けて、レパントはその敷地の隅にある小さな建物のドアを開けた。
薄暗い室内にあるのは、シグールが戦争中に使っていた鎧やら兜やら棍のレプリカといった英雄にまつわる品の数々。
「……開館はやはり、遺言で残すか」
あの像だけでも死にそうな目に遭いながらなんとか設置にこぎつけたのだ。
あの状態で博物館が予定されているなんて知られたら、確実にソウルイーターのご飯決定。
ぱっくんと食べられるよりはやっぱり寿命で死にたいと思うのが人である。

自分が死んだ後おそらく後を継ぐであろう不肖息子がシグールの怒りを全般的に買うのだろうが、自分は死んだ後なので気にしない事として、今はまだこれはないものとして扱う事を心に誓い、ドアを閉めた。

トラン英雄博物館。
開館まであと……何十年?



 

 



***
ノリです、そうノリ。