<陽気な日>





ぽかぽか陽気な日、だった。
ソファで自分の肩に頭を寄りかからせて寝る可愛い幼馴染の頭を撫でつつ、しみじみとこの世の春を味わうジョウイ。
――彼曰く、「悪魔」が来るまでは。

「こっんにっちわー」
最後に「♪」でも付いてそうな口調で現れたシグールに、ジョウイはしーと指を立ててみせる。
が、彼がそんなことを気にするはずもなくあまつさえつかつかと寝ているセノの耳元に口を近づけた。

「なに、してんです、かっ」
ぐわしぃっとシグールの頭を捕まえて必死に阻止するジョウイに、いやーな笑みを見せてシグールは押し殺した声で言う。
「起こそうとしてるだけだけど〜?」
「寝させてあげてくださいよっ、せっかく寝てるんですからっ」
「健康優良児のセノがうたた寝なんて珍しい、昨晩睡眠不足になることでもした?」
「……シグールさん、いつか貴方背後から刺されますよ」
「そしたら犯人喰って回復するから大丈夫、要らない心配ありがとう」

笑顔で言い切った悪魔(命名byジョウイ)は右手をひらひらさせる。
――あ、家庭菜園のピーマン育ってるかな……。
現実逃避したくなったジョウイだったが、ここで自分まで逃げ出すとセノを守るものがなくなるので必死に耐えた。
「よおジョウイ」
「テッドさん、とっととこの人引き剥がしてください」
まだシグールより話の分かる相手に助けを求めたが。
「早くセノ起こせよ、ケーキ買ってきたから」
……にべもなく、かわされた。



結局シグールに耳元へふーと息を吹き付けられて、「うひゃ!?」という可愛らしい声をあげ起きたセノは、お茶の用意にいそしんでいる。
ジョウイはふくれっつらでケーキを切り分けている。
なんで僕がと呟きつつ態度のでかい客二名を睨みつつ、それでも一番大きいケーキはセノに切り分け一番小さいケーキをシグールにするあたり、彼の性格が見える。


一通りお茶をした後、珍しくセノから会話を切り出した。
「あのー、シグールさんにテッドさん、教えてほしい事があるんですけど」
「いいよ。何?」
「ちょっと待っててください、持ってきますから」
「セノ、僕も手伝おうか」
「いい、一人で平気」

そう言って立ち上がって歩いていくセノを見送って、シグールがにやりと笑みを見せた。
「セノ、腰庇ってたねー、テッド」
「ああ」
「何したんだろうね〜ジ ョ ウ イ 君?」
ぞわっ。
ジョウイに鳥肌が立った。
「何ってお前、それは聞くだけ野暮だろう」
「そっかー、大人の事情ってやつだよねー」
「そうそう、何とかの邪魔をすると馬に蹴られて死ぬっていうし」
「夜のセノはさぞ可愛いんだろうねえジョウイ?」

いいかげんこの悪魔黙らせてくださいよ!
……俺は止める努力はしたぞ。
冗談じゃないですよ、とっとと連れ帰ってください!
それは嫌だ。
なんで!
俺が楽しいから。

「〜〜〜っ!(どこが努力だこの大嘘吐き年魔!)」

「ジョウイ? なに不遜な事考えてるの?」
「……別に考えてませんとも」
「で、夜のセノはさぞ可愛いんだろうねえジョウイ?」

そこに戻すのかよ!

「夜じゃなくてもセノは可愛いですっ」

そこかよ!

「へーえ、聞いたテッド」
「……ああ」
「夜も可愛いんだ?」
「もちろんですよっ、あのつぶらな瞳にあの少し高い声がかすれて――へぶうっ!?」

末声を放って、ジョウイが崩れ落ちた。
そこに、分厚い本を振り上げた状態で立っていたのはセノ。
怒りを露にしているわけではなく、かといっていつもの笑顔ではさすがにない。

引きつった口元を隠すように、ジョウイの頭を殴った本を振り上げた位置から下ろしたセノは、足元に崩れ落ちたジョウイを無視して、本をシグールの前に広げた。
「……セノ」
「ここの意味がわからなかったんですよー」
「……セノ」
「だって、こっちにした方が絶対いいと僕は思うんですけど」
「……セノ君、ジョウイ」
「何科のイキモノですかそれ?」

「「…………」」

 据わった目でそう返されて、シグールは床に倒れているジョウイを見て、血だけは流れていない事を確認の上で、いつもの笑顔でセノに向き直った。

「うん、君の考えももっともだけどね――……」






 

 

 



黄昏。
一通り理論をさらい、満足したらしきセノに、それじゃあと言ってシグールが立ち上がる。
「泊まっていかないんですか?」
「グレミオが心配するからね」
悪いけど、それじゃあ、と言って手を振り出て行くシグール。
その後を追うテッドは、ちらと視線を床に未だ横たわる人物へと向ける。
結局、意識回復しなかった。
「……セノ」
「大丈夫ですよ、ナマモノ床に放置するとナナミが怒るから」
「……そうか」

それは遠まわしに、これから介抱するという意味でいいんだろう、と前向きに受け取ってテッドはセノの家を出る。
何だって天魁星ってのは、こういう奴らばかりなのだろうかと、自分に同情を抱きつつ。