<脱走>





深夜三時。
シグールはバンダナを結び、荷物を片手に、窓を開く。
隣で寝ていたテッドも起き、あらかじめ用意してあった梯子を伝って外へ出る。
最後の数段はテッドがシグールを抱き上げて降ろす事で時間を僅かにでも短縮し、それから極力音を立てないように庭を横断、かなり離れた場所まで無言で走る。

そこに待っていたのは、ルック。
「……遅い」
「土産」
そう言ってテッドが酒瓶を掲げて見せると、ふんと言って呪文を唱える。
テレポート。

三人がついた先はレックナートの塔だった。
ちなみに現在、クロスが居候中。

それまでルックがやっていた家事を全て肩代わりし、さらにレックナートにもかなり最悪な再会を果たしてたにもかかわらず結果として割合気に入られ、というルックが首を縦に振らざるを得なかったという逸話付き。
さて、なんで夜中にこっそり抜け出してこんな所に来たのかといえば。

「あ、こんばんは」
「……よお、クロス」

ルッが適当に案内したのは客室(?)らしきもので、ちょうどそこでシーツを整えていたクロスが笑顔で振り返った。
「そういえば今日だったね、トラン建国記念日」

そうなのだ。
毎年毎年この日は、問答無用でシグールは城へと連行される。
抵抗はしたいのだが、グレミオが「坊ちゃん」とたしなめるので大人しく従うしだいだったが、いかんせん今年は勝手が違う。
テッドがいるのだ。
無論彼の顔を知る人間は限られるが、全員知らないわけではなく、結構前に死んだはずの人間が生きているとなると色々厄介なので――なんてのは建前だが――とにかく、逃げるためにここに来た。

代償は帰宅後のグレミオの説教と、ルックへの手土産だ。
「いっぱいやる?」
「簡単なつまみ持ってくるよ、ルックはコップを」

部屋を二人が出て行って、テッドは若干複雑な顔でベッドに腰掛けたシグールを見やる。

「いいのか?」
「何が?」
「トランの英雄が、抜け出して」
「……いいよ」
別に、僕好きでなったんじゃないし、迷惑だし煩いし疲れるし。

そこまで言ってシグールは顔をしかめる。
「テッドらしくないね」
「いや、俺のせいだと思うと責任が」
「はぁ? 違うよ、元々今年はもう逃げ出すつもり満々だった」

テッドのせいじゃないよと言ってくれる親友が嬉しくて、テッドは笑顔で後ろから抱きつく。
双方ともに成長はないので、昔別れたあのときと同じまま。
「どーしたの?」
首だけねじって後ろを向けば、幸せそうな微笑みを浮かべているテッドがいる。
なんとなく自分も幸せになって、シグールは唇をほころばせた。

「……飲む前から自分たちの世界に行かないでくれる」
ちょうど入ってきたルックが、不機嫌そうないつもの口調でコップをテーブルの上に置くと、酒瓶をつかんで中身の液体を注ぎだす。
……きっちり、一人分しか注がないところが彼らしい。

テッドは立ち上がると、自分とシグールとクロスの分のコップを満たす。
ちょうどシグールに酒のコップを渡した時、クロスがなにやら皿を数枚盆に載せて入ってきた。
「適度におなかに入れないと悪酔いするからねー」
じゃあ、カンパーイ。
四人がチンとカップを合わせる。



しばらく近況報告(……を改めてするほど行き来がないわけではない)をしてから、雑談モードに入ったクロスとシグール片目に、無言で酒を飲み続けるルックとテッド。
……もちろん、持参した酒瓶は一つではない。

「ねえテッド」
「何だルック」
「僕、最近貞操の危機を感じるんだけど」

先日のジョウイとクロスの対話を思い出し、ああとテッドは空に視線を彷徨わせて呟く。

「抱くなら女の子の方がいいんだけど、柔らかいし可愛いし」
「……まあ、な」
そんじょそこらの女の子より可愛いルックが言うと微妙だが、まあそれは事実だろうから頷いておく。

「でもお前、クロスの事嫌いじゃないだろう?」
酒を注いでやりながらそう水を向けると、アルコールのせいでほんのり赤く染まった顔は、縦にも横にも振られる事はなく、静止した。
「ほれ見ろ」
図星だったらしい自分の言葉に満足して、テッドは酒を煽る。
ちなみにテッドは強い。

テッドほどではないルックも彼のペースにはめられて、思いのほかハイペースで飲んでいた。
ので。
これはとてもとても当然のことなのだ。

「おっと」
こてん、と上半身が倒れたルックを、テッドが支え、シグールとなにやらくすくす笑いながら楽しそうに話し込んでいるクロスの名を呼ぶ。
「寝ちゃった?」
「……みたいだな」
「じゃあはいテッドはシグールを。結構限界みたいだし」
「……本当かシグール」
「えーそんらことらいよー」
「……呂律が」

回ってないじゃないか。
テッドは溜息を吐く。

「僕はつまみつまんでたけど、シグールは何も食べずに飲んでたからね」
そのせいだねきっと、と言ってクロスはテッドからルックを受け取ったが、それは単に支える権利を受け取っただけで、ここから寝室まで担いで連れて行くのも、面倒くさい。

「ねえテッド」
シグールをベッドの上に乗せようと抱きかかえたテッドに、クロスが提案した。

「そっちのベッド君とシグールで、こっちのベッド僕とルックってのはどう?」
「ああ、いいぜ別に」
特に何も考えずに返答してから、テッドはちょいと待てと突っ込む。

「お前とルックか」
「え、何、テッドがルックと寝たいの? それとも僕?」
「どっちも結構だ、じゃなくて……いや……まあいい……」
ルックの先ほどの科白が頭をよぎった事による行動だったが、さすがに自分とシグールを隣において手を出すほどこいつは浅慮じゃあるまいと、思いなおす。
まあこれがジョウイだったら生殺しだなと寧ろからかい楽しむが……。

「じゃあお休み、テッド」
「……ああ」
クロスが消灯して、部屋は暗闇に落ちた。
 

 

 




――その後。
翌日の昼に帰宅したシグールとテッドは笑顔のグレミオにたっぷり二時間の説教を喰らい、二度とこんな事はしません今度はちゃんとグレミオに行き先を伝えますとの反省文千回書き取りをさせられた。
説教は主に無断脱走及び外泊であり、式典からの脱走ではなかった。

 

 

 




***
朝起きたルックの反応は知りません。
布団が細切れになって使えなくなったとかいう噂があります。
(シグールは暫くぼおとしてから普通に「おはようテッド」)