<肝試し(下)>





「赤月帝国の時代の事だ」

そう前置きしてテッドが話し出した。
夜も更け、あたりは虫の声一つしない。

「ある貴族がいた。彼は狩が大好きで、よく馬に乗って従者と一緒に狩に出かけた」
淡々としたテッドの顔を、持ってきた蝋燭が下から照らし出す。
そこはかとなく普通の怪談らしい。

「だが、ある日全然、野兎一匹たりとも取れなかった事があった。貴族は怒って、従者をなじった。
「お前が余計な音を立てるせいで上手く行かなかったのだ、お前のような奴は静かにしてしまおう」
そして従者の首を、はねた」

まあこれ如きでひいともうわあとも言う人間もいなければ、そのような振りをしてみせる可愛げのある人間もいないのはわかりきっているので、ノーリアクションである事はさくっと無視してテッドは話を続ける。

「ところが、貴族はそれ以来、人間を狩る方にすっかり御執心になってしまった。最初は数人、段々とその数は増えていった。最も上の方も何もしなかったわけじゃない、さすがに人道に反すると いうことで、貴族を取り押さえる軍が派遣されていた。それを知った貴族は、ある村の人間全員を森へと連れて行って、こう言った。
「軍が私を捕まえるか、私が貴様らを仕留めるか、どちらが先か競争だ」
村人の数はおよそ百。森の周りには深い濠。彼らには当然武器もなければ戦い方も知らない。ただひたすら、逃げるしかなかった。やがて、軍は貴族を取り押さえに来た時、目の前の光景に絶句した。百戦錬磨の屈強な戦士が 、あまりのおぞましさに、吐いた。高笑いを上げる貴族の血塗れた剣の周りに、腸を引きずり出され、頭を割られ、手足を失い、血みどろになった村人が、累々と暗い木の間を縫って、 どこまでも続いていた」

沈黙が落ちる。
最も、この程度でこの面子をびびらす怪談になるのかと聞かれると、微妙だ。

「貴族は捕らえに来た兵士達までもを切って切って森の中を走り回った。そして彼の前に、数日前村で世話になった旅人が現れた。旅人は言った。
「どうして殺したんですか」
貴族は答えた。
「楽しいからさ!」
「楽しみのために人を殺すんですか」
貴族は剣を構えて笑った、この旅人も殺してやろうと。
「生きている価値のない者の魂なぞ、この私がほふってくれる!」
旅人は意見の不一致だなと呟いて、外套を跳ね上げた。貴族は、その場に倒れ落ちた。それ以来、その森には村人の霊が出るという、夜中に歩いている者は、彼らの腕に引っ張られ、黄泉の国へ運ばれる……」

そう言って、沈黙したテッドに、ルックがきつい視線を向ける。

「それがどうして、怪談になるんだ」
「赤月帝国の時代の話だ」
「だから何……まさか」
「そう、ちょうどニ百年程前にこの場所そのもので起こった事さ」
「貴族の人の霊は出ないんですか?」
セノの問いに、テッドは笑う。
「ちょっとした諸事情でね」
「どうせ根も葉もない噂でしょう」
所詮そんなもんですよ、と言ったジョウイに、シグールが笑顔を向けてくる。
「ジョウイ、今の話に一部おかしいところがあったんだけど気付いたかい?」
「おかしな……?」
そう言われて一通り洗いなおしてみるが、特に不審な……。
「……あ」
思わずそう呟いて、次の瞬間青ざめる。

貴族がどうしていきなり倒れたか。何故諸事情で幽霊として出てこないのか。
……明白。

「テッド、喰っちゃったんだ」
「まあな」

クロスの言葉に平然と返すテッド。
忘れてました。
この人達べらぼうに長生きさんでした。

「えー……ってことは、モノホンの話……」
「幸い生き残りがいたからな、かなり限りなく実際にあった話だ、場所も正確、濠は後から埋めたらしい」

つまりここはええとその大量殺戮地の跡地でして、しかも幽霊が夜な夜な出現するには飽きたらず、冥界への道先案内人を率先して手がけてくれるという事で……。
なんとなく全員(除くテッド)が薄ら寒い気分を味わった後で、皆の視線がルックへ向いた。
「……僕が何でそんなくだらないことしなくちゃいけないのさ」
憮然として言ってのけたルックから、最終的に皆の注目を集める事となったクロスは、笑顔を浮かべて口を開いた。
「肝試しが楽しくなるくらいと、びびって歩けなくなるくらいと、夜一人でトイレにいけなくなるくらいと、一生悪夢ばっかりになるのと、どれがいい?」
「「結構です」」
五人の科白が見事にそろい、えーと不満げなクロスをオソロシイモノを見る目で一瞥してから、シグールが手をたたいた。



「じゃあ始めよっか」
(忘れてた……)
怪談はあくまでも前座、本命は肝試しである。
「僕とテッドがいなくなってから――うーん、二百くらい数えて先発が出発」
「……後発は」
「先発の悲鳴が聞こえたら」
「……クロスさん、先発どうぞ」
「ちょっと待て」
「なんで? いいじゃないルック」
「嫌だ」
鬼気迫る表情で反対するルックの耳に口を寄せて、クロスは囁く。
「あの二人の性格上、後の方がきついよ?」
「……ッ」

かすかな舌打ちの音と共に、ルックは先発を承諾する。
っつーかいつの間に「あの」ルックの耳元に拒否ダメージ一切なしに口寄せるなんて芸当がナチュラルにできるようになってるんですか、クロスさん。
その芸当を幼馴染にナチュラルにこなすのに十年の歳月を費やしたジョウイは、心底彼を羨んだ。
「じゃあ数えてねー」

ひらひら手を振りつつ、大して怖がる様子もなく森の奥へと走っていくシグールとテッド。
いつもどおり憮然としているが、僅かに瞳が揺れているルックにクロスは微笑みかけた。
「大丈夫、悲鳴上げる余地はあるみたいだから」
「…………」
「ちょっ、やっぱり僕らがせ――」
「ダメだよジョウイ、そうやってころころ自分の意見変えるから、優順不断って言われちゃうんだよ」


グサリ


セノの当然至極の指摘に、深く傷付くジョウイ。
さっくりと彼の胸に包丁が立っている事は、知って見ぬ振りをするクロスとルック。
口には出さず数を数えていたらしい律儀なところのあるルックが、行くよと呟いて歩き出す。

「鬼が出るか蛇が出るかー」
「……藪突付きながら歩けば」
どうせ、ルックは怪談話なんざ信じていなく、脅かしに来るのはシグールとテッドだとわかっていたので例え光源が蝋燭一本だろうとも怖くない。
いっそ下手な罠でも仕掛けていないように、風で前方を切り裂きながら歩こうかとも一瞬考えた。
その瞬間。


ザバッ


「――っ!?」
真っ青になって身体を逸らしたルックは、横にいた手近な「モノ」にしがみ付く。
人間の防衛本能の一端であるから、別段不思議な行動では……ない……のだが。
「どうしたのルッ……」
美味しいには美味しいが、ルックがここまでビビるとは何事かと思ってクロスは目を彼の視界が向いている方向へと向ける。
そこには、さしものクロスも冷や汗を流す光景があった。
「手……」
白い、手。
それが、にょきっと。
しかも、地面の上を肘から上で這いずり回る。
「こ、これって……」
しかもその手、どう見ても女の手。
シグールやテッドの悪戯では……残念ながら……ありえない……。
「う、わ」


「――……我真なる――」


「だ、ダメだよルック紋章は」
慌てて後ろからルックの口をふさいだクロスは、落ちている棒切れをつかんで、ちょいっと手を突付く。手はぎゅっとその棒切れをつかんで、ぐいっと引っ張る。
クロスが手を解放すると、ずりずりと地中へ消えていった。
「…………」
「…………」
沈黙して、互いに寄り添う二人。
――と。
クロスが寄り添うルックの肩の反対側に、ぽんと手が置かれる感触がして、横目でその白い手を見たルックは、今度こそ悲鳴をあげた。


「あ、悲鳴だねー」
「……しかもルックだな……」
まあクロスよりはまだルックの方が可能性は高いだろうが、そういう問題でもなさそうだ。
「じゃ、いこっか、ジョウイ」
「……いくのか」
「えー、怖いの? 大丈夫だよ僕がいるから」
(ありがとうセノ。でも僕は、僕はぶっちゃけた話、幽霊よりあの二人(=ソウルイーターコンビ)のが怖いんだ……!)
 泣く泣くジョウイはセノに片手を引かれて森の中。

ルックの肩に置かれた手は、二秒後クロスによって鱠切りにされていた。
……剣も何もないこの状況で、どうやってそれが行われたかに関しては言及しない。

ぼたりと落ちる事もなく、その場で霧散する手。
「……本物、だな」
「……覚えてろ……」
 溜息と共に断言するクロスに、ルックは首謀者の顔を思い浮かべて呪った。
「で、どうする?」
「どうするって」
そこまで繰り返して、ルックは僅かに青ざめる。
罠、トラップ、仕掛けの類ならば風で切り裂いていけば問題はない。
だが、それが「本物」の霊現象だった場合、話はまったく別である。
「……抜けるしか、ないだろ」
「そうなんだよね、そうなんだけど……」
テッドとシグールを見誤っていた。

クロスは後悔する。何せ仕掛け人は「あの」テッドに「あの」シグール。
彼らがこの面子相手に、単なるトラップで済ませるはずもなかったではないか!

「あ、テレポート」
「臆病者ってシグールに末代までからかわれたくなければ、止めたほうがいいよ」
クロスのその言葉に、うっとうめいてルックは黙り込む。
打つ手なし、その言葉が真に相応しい。
「あの二人は少なくとも通り抜けてるはずだし……」
行って行けないことはないはずだ。
「頑張ろう、ルック」
明日の朝日を拝むため。





きょろきょろしながら歩くジョウイの手をつかんで、ずんずん迷うことなく進むセノ。
暗い暗い森の中、歩く二人の前に分かれ道。
そこに立っているひときわ大きな大樹の幹に、貼り付けられた一枚の紙。
『こっち⇒』
「あ、こっちだってー」
「……いや、待てセノ、そっちに行くってことはむざむざ罠の中に……」
「はーやーくー、ジョウイ」
「ううう(涙)」
ちなみに先発のクロスとルックは左へ行った。

セノが先に歩き、ジョウイが後を続く。
ジョウイの足がある部位に触れた瞬間、がさっと音がして、彼はまっ逆さまに穴の中。
「うわぁぁァあっ!?」
でんっ、と彼が不時着したそこは。
そこは。
ザ・ホール・オフ・ニンジン
「ギッ、ギャアアアアッ!?」
「じょ、ジョウイ、ジョウイ、大丈夫?」
覗きこんだセノが見たのは、白目をむいた幼馴染の姿だった。
穴の底に敷き詰められたニンジン。よく見れば壁面にもニンジン。全てニンジン。
「……ウサギさんが喜びそー……」
ぼけた感想をもらして、セノはジョウイの意識が戻るのを、気長に穴の縁で待つ事にした。





一方、そわりそわりと(幾度か手の襲撃を避けつつ)歩いていたクロスとルックは、響いた悲鳴に足を止める。
「ジョウイだね」
「……派手な声だね」
互いの顔を見合わせて、苦笑した。
「あっちは罠コースなんだろね」
「……あっちの方がましだと思うんだけど」
「どうだろう、あっちにも幽霊でたら二乗だよ?」
それに、少々用心していれば今のところは問題ない。
目の前に上からぶらんと現れた手を袈裟切りにして、クロスは微笑む。
「この程度じゃ罠の方が怖いね」
「…………」
刺激しないでくれ。
ルックはそう願って視線を空に浮かせる。





「あ……う……ニンジン……」
「ジョウイー? ジョウイ、目がさめたー?」
「あ、セノ……」
スイートエンジェルの声と顔にジョウイは若干正気を取り戻すが、しかし彼が目にするのはニンジン。
しかしそこは根性と愛で視界をセノオンリーにして、穴から這い上がった。
「死ぬかと……」
「ジョウイ専用の罠だね、穴は僕の体重じゃ崩れないくらいだったんだ」
なるほど。
彼ららしいといえばらしい罠である。
「じゃ、いこっか?」
セノは蝋燭片手にずいずいと進んでいく。
どうして彼が平気なのかは謎で仕方がなかったが、ジョウイも諦めて進み始める。
やはり左右に幾つかの罠を発見した。

が。

「ジョウイー」
立ち止まったセノが、前方を指差して言った。
「あれ、誰?」
「は?」
ジョウイは目をこらすも、セノが指差す先のそこにあるのはただの木。
「あの女の人、誰? 迷ってるのかな、声かけてみる?」
「いや、セノちょっと待て、あれは木……」
まさか、さしものセノも恐怖のあまりどうにかなってしまったのだろうか。
最悪の事態に恐れをなす(それが最悪の事態なのもどうかと)ジョウイだったが、次の瞬間それは杞憂でありもっともっともらしい回答があったことに気付いた。
「あれー、この人さわれない……あの、大丈夫ですか?」
……虚空と話すセノ。
その手は、話している対象のいるらしき場所を空滑る。
それが意味するところは一つ。
「うああああああああああああっ!!」
ジョウイはセノの手を引っつかんで、脱兎の勢いでその場を後にした。





悲鳴が響く。
「……今のも、ジョウイだ」
「罠かな、それとも本物と対面したかな」
そこはかとなく楽しそうな口調のクロスだが、顔は全然笑ってない。
寧ろ恐怖を覚えるが、ルックの意思に反して彼の手を掴む己の手は離れない。
そろそろずぼっと出てくる手にも慣れたは慣れたが、ルックの魔法だと反応速度に問題があり、クロスの剣に頼むしかない。
――と。

うごごぉぁァお

奇声を発しながら、現れたそれは。
「…………」
「…………」
どこから現れたのかはしらないが、腐った肉は腐臭を放ち、伸ばされた手がべとりとクロスの足首に触れる。
「……ゾンビ」
ルックが呆然として呟いた瞬間、クロスの足がマッハスピードで繰り出された。
「これ如きで俺を怖がらせるとでも……?」
霧散したゾンビの肉隗を踏み潰し、瞳孔の完全に開いた目で、座った笑顔で呟くクロス。
(ひいいいいっ)
既にルックにとってゾンビなんて可愛くて仕方のないものになっていた。
今度出て来たら頬擦りだってできてしまうくらいだ。
(なっ、何でもいいから早く終われ……!)
ぎゅっと目をつぶってルックはクロスの服の端を握り締め、できるだけ早く歩き出した。





最終地点で蝋燭二本立てて、のんびりくつろぐシグールとテッド。
「予定通りだな」
「うん、クロスとルックは脇道、セノとジョウイは罠道」
二名同じ道にこれば、早々に合流してしまって肝試しの意味が薄れる。それがための看板だったのだが、見事に引っかかってくれたらしい。
「でもさー、テッド、さっき言ってたけどこの森が本当に「でる」ならなんで僕たち平気なわけ?」
シグールの問いに、テッドは笑った。
「俺ここに死んでる人達供養したし犯人喰ったし、まあ恩があるからな。俺の周りには絶対何も起こらねーよ」

「……なる、ほど、ね……」

ぜえ、と荒い息をつきながらそこに立っていたのはルックだった。
「やあルック」
「……貴様ら……」
ぜえはあと言いながら木の幹に寄りかかる。相変わらず体力のない。
「クロスは?」
「ゾンビ狩りに行った」
「「…………」」
 
何か俺達間違ったかもしれない。 
テッドはしみじみ後悔したが、まあゾンビ狩りに行ったのなら、ストレス発散して戻ってくるだろうから気にしない事にしておこう。


「あー、テッドさんにシグールさんだ〜」
ひらひら手を振りながら駆けてきたセノ。
「ほらー、さっきの男の人のいう通りの道だったじゃん」
「男の人?」
「はいっ、道の真ん中に立ってる男の人がいたから、道を聞いたんです」
にこにこ笑顔のセノとは対照的に、ぐったりとしたジョウイが手近な岩の上に座り込んだ。
「ジョウイ?」
どういうこと、それ、と聞かれて蒼白のジョウイはただこう答えた。
「僕は、誰とも会ってません……白い影しか見えません……」
「……恐るべしセノ……」
 事態を察し小声でそう呟いたシグールは、真っ暗な空を見上げて、伸びをした。

「よーし、帰ろう」
「そうだな、いいかげん眠いし」
「そうですねー、グレミオさんがホットミルク用意して待ってくれるっていってましたよ」
「グレミオさんのホットミルクは一級だかならなあ」
「ちょっと待て」
ルックがジョウイを睨んで引き止める。
「あんたも被害者だろ」
「生憎だがルック、僕は「諦める」と言う事を知っている」
ルックの方を向いてはいるが、どこか遠くを眺めているような達観した表情のジョウイ。
「それを教えてくれた人の中に君も入ってるんだ、ありがとう」
棒読みの科白を吐いて、ジョウイはセノの後を追った。







「……で、結局どうなったのです?」
「スイッチの入ったクロスをルックが風で押さえ込んで、テレポートで帰ってきた」
簡潔に事態を説明して、シグールはミルクをすする。

ちなみに本物が出るという事を説明しなかったテッドはルックとクロスの毒舌攻撃の的になっている。
少々可哀想な気もするが、これも教育。(たぶん)
ちなみにジョウイとセノはジョウイが「疲れた」と呟いたので早々に寝ている。

バタン

「シグールっ、助けろ」
駆け込んできたテッドが、シグールの後ろに隠れる。
「何言ってるんだ、まだ借りを返してない」
ルックが据わった目で紋章をちらつかせつつ口元を歪める。
「テッド君、逃げちゃダメだよ」
「っ!?!?」
蒼白になるテッドを引きずっていくクロスを見送って、シグールは心の中でテッドの無事を祈った。
もう、肝試しは止めておこう。

「坊ちゃん」
「――ん、何?」
「明日の夕食の付け合せはセロリがよろしいですかそれともブロッコリーにいたしますか」
「……グレミオ……ひょっとして、怒ってる……?」

 そんなことはございませんよと言って、グレミオは完璧な笑顔を作った。
「ただ、ルック君とジョウイ君の悲鳴がここまで聞こえてきましてね」

「……ブロッコリーで……」

 顔をそむけて、シグールは先ほどの思いを決意に変えた。











***
ちゃんちゃん(待
怪談より肝試しの方が短いかもしれないハプニング。

セノは霊感ある人。ジョウイは半端にあるから怖い人。
クロスもモノホンはさすがに嫌だった模様。