<肝試し(上)>
「……肝試ししたい」
ぽつりとそう呟いたシグールに、「はあ?」という反応を返したルックとジョウイ。
コンマ数秒の時間もおかず、山と積まれた本を消化していたテッドが、顔を上げて笑顔で言った。
「いいな」
「テッドなら賛成してくれると思った」
にたりと笑ったその笑みは、いたずらっ子の笑みである。
グレミオは大きな被害は出そうにないと踏んで黙殺する事にした。
「肝試し? どんなことするんですか?」
きょとんと首を傾げて言ったセノに、シグールが説明した。
「簡単に言えばワクワクハラハラ、一人で暗闇闇の中」
「楽しそうですね」
「うん、セノもするかい?」
「ちょっとまったーっ、一人で暗闇なんて危ないっ」
慌てて会話を制したジョウイ。
なにするのさとシグールに睨まれても気にしない。
セノの安全のためならたとえ火の中水の中。
「……シグール、肝試しなんて言ったって……」
ここにいる面子はそんなこと程度じゃ怖がるような面子じゃないからつまらないと思うんだけど。
そう言いたげなクロスを、テッドが笑顔で。
同じく断固反対と叫びだしそうなジョウイに、シグールは笑顔で。
「肝試しってカップルの親密度急上昇させるよね(な)?」
「「やろう」」
攻組の即答を頂いて、未だ状況が良く飲み込めていないセノはともかく、状況を完璧に理解したルックは顔を引きつらせたのだった。
というわけで僕ら脅かし役ね。
夕食後、外に出た皆に笑顔でシグールが言ったが、当然反論する者はいない――否、いた。
「なんでさ」
「ルック」
にっこりと笑ってシグールは言ってのけた。
「ここ、僕の土地、僕の森。罠トラップ仕掛けるなら僕が最適」
「というわけでもう仕掛けた」
仕掛けたのか!
しれっと言ってくれたテッドに突っ込みたかったが、やめておくジョウイとルックは賢明だ。
ちなみにセノはまだよく分かってないらしく、クロスは想定済みだったので涼しい顔をしている。
「ちなみにペアはー」
「当然僕とルック」
「僕とセノ」
断言して相手の腕をつかんだ二名に、シグールは微笑んだ。
「じゃあまず前座、怖い話ね」
「あ、なら僕から」
さくっと立候補したジョウイが語りだす。
「それはとある皇宮での出来事でした。
古いお城にはありがちな、「開かずの部屋」がありました。皇帝はそれが何の部屋か知らなかったので、いろんな人に聞いて回ってもわかりません。結局、ある日自分で開けに行く
ことにしました」
「……そんな暇あったわけ」
「召使にさせればいいじゃないか、甲斐性のない皇帝だね?」
事情を飲み込んだルックとシグールに冷たい言葉を浴びさせられたが、ジョウイはそ知らぬ顔で続ける。
ちなみにその腕はセノの首の辺りに巻かれていた。
「すると、部屋の中央に机があって、そこの上に一冊の本が置かれていました。
不思議に思った皇帝が本を手にとり」
「手にとるなんて馬鹿だね、その皇帝」
「僕もシグールに同意見だ」
絶妙なタイミングで口を挟む二名。
「おや、何怒ってるんだいジョウイ、僕ら君のことなんてちっとも話してないじゃないか、なあルック」
「ああ、僕らはそのマヌケな皇帝について話してるんだ」
「……ともかく! その本を開いた皇帝の目にこんな言葉が飛び込んで来たのさ。「この本を見つけた経緯を話された相手は呪われる」」
「……」
沈黙。
沈黙。
しばし沈黙。
ちゃっかりとセノの耳は塞いでいるジョウイへ視線を向けて、固まる事およそ五秒。
「――だーっはっはっはっは」
堪えきれずに同時に笑い出したシグールとルックは、転がりまわって笑いこげる。
「なにそれっ、アホいっ!」
「……一応、さ、君ら……怖い話って銘打ってんだからちょっとは怖がっても罰はあたらないと思うけどね……?」
怒りの表情露にそう呟くジョウイの肩に、テッドが手をぽんと置いた。
「いやいや、なかなか怖かったぜ」
ああ、この人いい人だ。
ありがとうございますと返そうとその手を握ったジョウイに、にっこり微笑んでのたまってくれた。
「半ば呪われると思ってて俺らに話してくれた君の今日の末路が怖いなあ」
「…………!!!」
やっぱりこの人、元ソウルイーター宿主。
激しく裏切られた気分のジョウイが視線をクロスへと向けたが、そちらもそちらで笑顔で言った。
「あ、そうそう今の話ね、あとで僕がセノ君に話しておくよ」
「Σ( ̄□ ̄|||)」
もはや何も言えず、ジョウイはセノを解放すると項垂れた。
半端に淡白なところが逆にリアルじゃないか。
ぼそぼそと彼がそう呟いていたのを聞き取ったソウルイーター宿主sは黙殺した。
続いてセノ。
ジョウイの話を聞かせてもらえなかったセノであったが、怖い話のストックはあったらしく、考えこむことなく話し出した。
「えっと、ある所におじいさんが一人で住んでいたんです。おじいさんは一緒に住んでたおばあさんが死んでしまったので、毎日気ままに暮らしていました」
先ほどのジョウイと違って、セノを苛めて楽しむ人間はいないので、彼の話は淡々と続く。
「ある日、おじいさんはおばあさんがずっと大切にしていたカップを割ってしまいました。その夜、おばあさんがおじいさんの夢の中に出てきて、おじいさんをじっと睨むのです。それから毎日、おじいさんは同じカップを探して町を歩きましたがどこにも見つかりませんでした。毎晩毎晩、おばあさんは同じことをするのです。ある日とうとう、おじいさんは自分で首をつって死にました」
しばし静まり返った一同に、セノは続けた。
「死んでしまったおじいさんの足元に、新品のカップがひとつおいてありました」
まだ続く沈黙。
各自、怪談といえるかどうか不明な話だったため反応に困っているだけなのだが、セノは何か自分がへまをしたのかと思ったらしい。
「ええと……」
「いや、とってもいい話だったよセノっ」
幼馴染に必死にそう言って取り繕った彼へ、冷凍視線が二本突き刺さる。
「ジョウイ……アンタ、馬鹿?」
「怪談を褒めるのに「いい話」はないだろう」
「事実ジョウイの話よりは怖かったけどな」
さらりと決定打をかましてくれたのは実は三番目の茶の髪をした青年なのだが、ジョウイは無言で崩れ落ちる。
その手がまだセノの肩にあるというのは感心に値するが。
じゃあ次僕ね。
笑顔で語りだすシグールを止める事ができるのは、超美貌性根最悪魔法使いか、元ソウルイーター宿主だが現在はどちらも止める気はないらしく、むしろ微笑みに近いものを浮かべて見守っている。
……ちなみに、二人ともこの行為を後悔するのだが。
「あるところにすっごく仲のいいカップルがいました。二人とも美男美女でお似合いって言われてたんだけども、顔のいい人ってその分敵も多いんだよねえ……フフ、ご多分に漏れず……」
その後、どんな人物が彼らに恨みを持っているかをつらつらとこわーい雰囲気のある口調で語ってくれたのだが、一人ちらと「顔のいい人って」のくんだりでまともにシグールと視線が合い、おまけにフフとかいう気味悪い笑い声も聞いてしまったジョウイは、固まっている。
「……それである日、些細なしかし決定的な喧嘩をしてしまってね、女性は家を飛び出したんだよね、ちょうどその日は嵐が吹き荒れる夜だった……。彼女の色素の薄い髪が暴風に巻き上げられ、その淡い色の目は真直ぐに前を見詰めている。ああ、
ちなみに彼女の名前はルックだ」
「「おい!」」
全方位からの突っ込みに、シグールは艶やかに笑って見せた。
「仕方ないだろう、うんと南では女性の常用名らしいから」
「…………」
「…………」
「そこの年寄り二名、視線を逸らさないでもらおう」
紋章を解放しかけたルックが冷える視線でクロスとテッドを睨む。
南の方の出身のクロスや、あちこち飛び回っていたテッドが視線を逸らす理由は一つ。
シグールの言葉は真っ赤な嘘。
「ルックはかわいそうに、柔らかい靴を履いて出てきたんで、途中の石で足を滑らせてしまった。
そこへ通りかかった長身の人影が、そっと手を差し伸べた。フードをかぶった怪しい人だと思っていたが、安心したルックは手を」
「……ぷっ」
小さく噴き出したクロスが、くすくす笑い続ける。
「ううん、ごめん、続けて」
「手を伸ばして人影の手を掴む、フードを降ろした彼は青年だった。
「ああ、こんな美しい人がこんなところで何を」「すみません、石に躓いてしまいました、起こしてくれませんか」
「いいでしょうとも」
そういう思わせぶりな会話のあとに、男はルックを抱き起こした」
「……シグール、いいかげん僕の名前を使うのをやめないと、黙らすよ……?」
ルックの殺気だった言葉すら、シグールは無視である。
最強最悪ソウルイーターを宿し使いこなしている彼にとって、後援者で運と防御が地の底のルックなぞ、例え魔力が馬鹿高くても真の風の紋章継承していようとも、関係ないといいたいのか。
……いや、性根が腐っているだけだ。傍観者sはそう結論付けた。
「「ああ、貴方様のお名前は」
「名のるほどではございません、流離いの旅人でございます」
「そんなことを言わず、お名前を」
「……ただテッドと」」
「待て! おいシグール、ちょっと待てお前」
突っ込んだのは当人だ。
涼しい顔をして、シグールは話を続ける。
「「ああテッド」ルックはそう叫んで彼の腕の中に飛び込んだ。大粒の涙が目からあふれ、それをそっとぬぐったテッドがこう言った。
「貴方のような美しい人が」」
「……ルック」
「何」
「ソウルイーターの宿主をソウルイーターが食っちまうとどうなるんだろうな?」
わきっ。
出したテッドの右手には刻印があった。
シグールのそれと違わぬ物が。
「……両方消滅するんじゃない?」
「そうか……じゃあがんばれ、真の風の紋章」
冗談、と呟いてルックは座った目でシグールを睨む。
覚えておけこの根性悪。
……自分がそうであるという事は無論無視の上。
「――で、結局どうなったの?」
「……クロス……てんめぇ……」
さらりと話の続行を促すクロスを睨むテッドだが、そんなものが効かないのは百五十年前から決まっている。
「ルックがテッドと見詰め合っていると、そこへルックの恋人が後ろから追いかけて走ってきた。ちなみにその男の名前はジョウイだ」
「「「待て!」」」
今度は三名声が重なったが、シグールは無視して話をすすめる。
「ジョウイはテッドの腕の中にいるルックを見てこう言った。
「ルック! 僕と君との愛は永遠と言ったじゃないか!」」
ルックはジョウイの方を見ていった。
「ジョウイ、僕は君にはもう飽きたんだ」」
「待て!」
いち早く突っ込んだのはツッコミ気質が板についていたジョウイだった。
「なんでそこで女の口調がルックまんまになってる!」
「気のせいじゃないかい、被害妄想のジョウイ君」
「明らかにそうだっただろう!」
「何言ってるんだ、自意識過剰のルック君」
「お前に君をつけられると気味が悪い!」
ぎゃあぎゃあ言い出す二人を遠い目で見ながら、テッドがセノを輪の中から引っ張り出して、項垂れて呟く。
「シグール……あんな子じゃなかったのに……」
「君のせいだろ」
「……クロス、なんか言った?」
「空耳じゃないかな?」
にーっこり。
綺麗な笑みを向けられて、テッドは黙り込む。
どうもこいつには、昔から操縦桿を握られている気がする。ずるずると仲間になる羽目になったし。
「とにかく、それを聞いていたテッドは言った。
「お前のような優順不断で顔ばっかりの男にはルックは幸せにできない!」ってね」
ガーン
じみーに衝撃を受けているジョウイ。
今更なので誰も省みない。
「そんなことないよ!」
ぐっと拳を握って、唯一彼をフォローしてくれたのはセノだった。
「セノ……」
感極まってジョウイは幼馴染の頭をなでる。
「セノ……ありがとう、僕もセノがす」
「きっとジョウイはルックを幸せにできるよ! ね、そう思うよね?」
あ、そうだ。僕とあろう者がこんな大事なセノの一部分を忘れるなんて。
昔からセノはお話が好きで、そりゃあもう主人公を始めとする登場人物に感情移入し、お話の世界に浸りきっていた。
無論、そんな時のキラキラ目のセノは可愛いのだが。
「……そうだ……ね……」
セノがフォローしたのはお話のジョウイ。
可愛い彼女ルックに逃げられた顔ばっかりの優順不断なジョウイ。
……痛いのはどうしてだろう。
「――とまあそう言う訳で、傷心のジョウイはなぜか持っていた剣でテッドに切りかかる。
「ルックを奪うなら僕を倒していけ!」ってね。
テッドは当然その挑戦を受ける。
あ、ちなみに勝敗はジョウイのぼろ負け」
「えっ、シグールさん、なんで対決シーン飛ばしちゃうんですか」
まあいいから、と言ってシグールは続ける。
ちなみに先ほどから微動にもしない素晴らしい笑顔であるところが、限りなく胡散臭い。
っつーか、怖い。
「勝ったテッドはジョウイの首に剣を突きつけて言うんだ。
「ルックは頂いていくぞ」
するとね、横で見守っていたルックが叫ぶんだ。
「早く行こう、テッド」とね。
失意のうちに、ジョウイは自分の剣で自害した」
「可哀相……」
と、漏らしたのがセノであれば「セノは優しいなあ」と全員の意見が一致(しなかったかもしれないが)しただろうが、そう呟いたのが笑顔のクロスだったので、胡散臭いとか怖いとかそんな段階をすっとばし、シグールとセノを
除く三名が引いた。
それはもう、豪快に引いた。
特にクロスの本性をよーっく知っているテッドは、真っ青になって引いた。
「なっ……」
「あれ? テッドなんで引いてるの?」
「お前誰だ……」
「僕はクロスだよ?」
「嘘付け、笑顔で「馬鹿だなその男」と呟くのがクロスだ」
「あ、僕の「可哀相」はジョウイにじゃないよ?」
「……誰にだ」
「そりゃもちろん、たかが女一人取ったせいで戦う羽目になっちゃったテッド」
沈黙。
無論沈黙したのはテッドのみで、シグールの話は続いている。
「そうして、ルックはテッドと結婚したんだけど、夜な夜なルックの枕もとにジョウイが立つようになってね……長い金髪を振り乱してこう言うんだ。
「君を愛していたんだルック、本当に……」」
「それで、ルックさんはどうしたんですか?」
「まあルックはそんな事でまいる玉じゃなかったからね、結果としてはテッドがジョウイの呪いに当てられてさっくり死んじゃったよ」
猛烈に突っ込みたい被害者三名は、必死に震える拳を堪えていた。
どうしてそれが怪談なんだ。
最後数行で充分じゃないか。
確かに登場人物を名前に忠実に脳裏に展開させると怖い、むしろおぞましい。
「でもね、それからルックって名前の人には必ず背後霊がつくようになるんだって」
「ええっ、じゃあルックにもついてるんですかっ」
「きっとね」
なあルック? と微笑まれて、ルックは無言で視線をクロスへと向ける。
クロスがその視線に気付き、首を傾げ綺麗な笑みを浮かべた半端、テッドが切り出した。
「次は俺だな」
***
ジョウイが不憫ですが、救済措置を取る予定は今のところありません。(酷
ルックが可哀想なことになっている気はしますが、彼は救済措置とります。
(おまけ)
「……ここだけの話さあ、シグール」
「ん、何、テッド」
「今度からああいう類の話の提案はお前がクロスに、俺がジョウイにしよう」
「なんで?」
「……「やる」ってあの時返答した時のクロスの顔……マジで怖かった……」