<月光下>





しばらく月を見上げていた小さな人影に、奥から出てきて声をかける。
「ルック」
冷えるから、中に入ろうよ。
そう呟こうとして、言葉を飲み込む。

月の光の下の彼は、一段と美しい。
まるで――まるでそう、月の精霊だ。

「クロス」
呼ばれた声に反応して、相手は振り返った。
「何してるのさ」
「起きたら、ルックがいなかったから探しにきたんだよ」

努めていつも通りに言ったクロスは、近付いてきてルックの色素の薄い髪にそっと指を絡める。
ずいぶんと早い内に成長の止まった彼の背丈は、クロスのそれより小さい。
「セラが心配するじゃない」
「…………」
 幼い養い子のことを持ち出してみれば、不愉快そうに眉をしかめる。
 セラには弱い事を、たびたび利用されているから、そんな顔になるのだろう。

「おいで」
呼んでも、ルックは動かない。
「ルック」
「……クロス」
「うん」
「まだ言ってない事が、ある」
「うん」
「……それを言ったら、あんたは」

そこで言葉を切り言いよどむルックに、クロスは微笑んだ。
「僕にとってルックはルックだよ、それ以上でも以下でもない。どんな秘密を知ったって、どんな過去があったって、どんな未来がそびえていても、君はルックだよ」
「――もし」
「もし?」
「僕が人では――」

それきり何も言えなくなったルックの髪をさわりと撫でて、クロスは優しく微笑んだ。
月光が二人の上を照らしていく。

「真の紋章を身に宿した時点で、その人間は人ではない」
静かな声で、クロスは続ける。
「大切な仲間を、愛する人を置き去りにして、僕は生きてきたよ。後悔はしていない」

もし百五十年前に戻れたら。
もしもう一度、あの船に乗る瞬間を選択できたら。
もし、あの紋章を。
……同じ事だ。

「後悔はしなくても、寂しいんだよ」
はっと顔を上げて、ルックは横に佇むクロスを見上げる。

冴え冴えとした横顔は、いつもの彼らしくなく、穏やかな緑の目は、今日は蒼かった。
柔らかい髪は夜風に舞い上がり、心持ち細めた目が、鋭い光を放つ。
振り向いたその姿はまるで――女神。

「存在理由が要るなら僕があげる」
「…………」
「いくらでもあげるよルック。いつか育って幸せになっていくセラのために。ずっと一人だった僕のために」
淡々とした声で紡ぎながら、クロスはルックの頬にそっと指を滑らせる。
月光の涙を拭うように。
「僕達が出会ったのはただの偶然だよ、ルック」
毅然として。
とても、愛しく思っているような声で。
「でもね、僕は君の存在に救われた」
「…………」
「まあ、君が決めることだから」
そうとだけ言うと、いつものクロスに戻って、微笑む。
指がゆっくりと離れて、とうとう背を向けた。

「待って」
歩き出そうとするクロスを、ルックの言葉が止める。
「僕、は」
「……おやすみ、ルック」
「僕は――っ」
「風邪、ひかないように寝るんだよ」
「待って、クロスっ」

何かな、と言って振り向いた彼を睨んで、ルックは言った。
「そんな――そんな存在理由でっ」
「存在理由なんかなくても、人は生きていけるよ、ルック」
「――っ」
「がむしゃらに、目的がなくても、人は生きていける。存在理由をほしがるのは、君が――」
「僕は「器」だ!」

叩きつけるようにそう言って、ルックは視線をクロスへとぶつける。
一瞬、火花が散った。

「紋章のための器だっ、人ではない――逃れられないっ」
「ソウルイーター持ちが二人いて、黒き刃と輝く盾がいて、罪の紋章がいて、そうそう君が逃げていけるもんか」
ひらひらと己の右手を振りながら、クロスは微笑む。
「たまには頼ってほしいな、ルック」
おやすみ。

噛み含めるようにそう言って、今度こそクロスは立ち去る。

ルックはクロスの触った頬に少し触れてから、踵を返すと室内へと戻っていった。


 

 

 

 


***
幻水3握りつぶし成功(待
ゲーム未プレイなのでルックの暴走理由は不明ですが、こんなんかなーと。

ルック・セラ・クロスで同居中。テッドは坊ちゃんのとこです。