彼にだけは一度も、手向けた事はない。
意地なのかもしれないし。
優しさなのかもしれない。
<墓参り>
クロスは膝をついたまま墓石の表面をなでる。
表面に苔が順調に育っているのを見ると、どうやら彼以外は誰も訪れる事はないらしい。
日影にこじんまりと作られた質素な墓。
彫ってある名前は、もう擦れて読めない。
「……誰の墓なわけ」
不機嫌な背後からの声に、微笑して立ち上がる。
「親友」
「……ふうん」
興味なさそうな声色で返ってきた相槌に、クロスは何も言わずに墓を見つめる。
その体はとうに腐ってしまっただろうし、彼の魂はそれこそどこかに行ってしまった。
彼はここにいないに等しい。
けれどこの場所以外、彼の存在を示す物もない。
「――で、裏切られた」
あの時のショックは忘れない。きっと、この先さらに百年生きても忘れる事なんかできないだろう。
「親友だったくせに?」
「――まあ、ね」
「ジョウイみたいに? だとすれば史上の馬鹿第一号だね」
なにが楽しいのか、笑みを浮かべるクロスの横顔へルックがそう言うと、ゆっくりと頭を横に振られた。
「ジョウイ君は結局、セノ君のためだろう?」
細かい経緯は、尋ねた事はないけれど。
セノへのジョウイの一挙一動を見ていれば、分かる。
彼はセノとその姉のナナミを、何より誰より、いっそ世界より大切にしていたのだ。
「彼はね、保身のために僕を売ったんだ」
穏やかな目は澄み切って、そこには憎しみの欠片もない。
百五十年も生きてれば達観するのかとルックは一瞬思ったが、人間そうも簡単にできていないはずだ。
「悔しかった、な」
悲しさとか悔しさとか、一切負の感情を出さずにクロスは呟く。
「僕ってそんな存在だったんだと、思ってね。
誰よりたくさん側にいて、誰よりたくさん互いの事を知っていて、誰より信頼してたのに」
少し弱いところがある、それでも頑張って兄貴面する彼を、好ましく思っていたのに。
いつも自分中心ではなくて、時折振り向いてクロスに手を差し伸べてくれる、そんなささやかな優しさが嬉しかったのに。
「一つの失敗から逃れるために、僕を売れるくらい、僕は、彼にとって大切じゃなかったんだって」
裏切られた事や、陥れられた事は、正直、それほど痛手でもなかったのだと今では思う。
あの時胸に渦巻いた感情は、悲しみと悔しさ。
自分の拠り所が、全て瓦解した。
「僕は、越えようとか、ちっとも思っていなかった――……」
ただ、彼が大切にしてくれるような存在になりたかっただけ。
本当に、それだけだった。
「認めてほしかっただけなんだ……」
だから、剣の稽古も頑張ったし、舟に乗るのにも慣れた。
勉強もしたし、一方で家事もこなせるようにした。
彼が必要としてくれた時に、きちんと協力できるように。
「よく、そんな奴の墓の場所知ってるね」
「――作ったのは、僕だからね」
見取ったのも、僕だよ?
さらりと言われて、ルックの舌が止まる。
「僕は――……」
――すまない、本当に全てすまない、クロス……
「……謝ってほしかったわけじゃないんだ……」
ただ一言、彼のあの笑顔で、言ってほしかった。
君は僕の親友だよ、と。
小間使いの分際でそんな事を望むのは身分不相応だと分かっていたけど。
再び船で再会した時は、既にクロスは一軍のリーダーとなっていて、裏切り者の烙印が押された彼にとって、とても親友呼ばわりできる相手ではなくなっていた。
それは分かっていた、のだけど。
「あんた、そいつのこと、好きだったんだろう」
そう静かに言い放ったルックを振り返って、その双眼の冷たさに少し驚く。
「馬鹿じゃないの、とっくに死んだんだろ、あんたの中のそいつもいいかげん死なせてあげたら」
そうだ、ね。
そうかすかに笑って、クロスは墓石をゆっくりと撫でる。
言われずとも、もう足を運ぶ事はないだろう。
そのつもりで、ルックを連れてきたのだから。
これは自分なりの、けじめ。
「暑い、不愉快。僕は帰る」
南の気候に慣れていないらしいルックは、そう言い放って背中を向ける。
じりじりと照り付ける太陽を仰いで、クロスは相槌を打った。
「そうだね、僕もか――」
帰るから。
そう言いかけたクロスの横をさっと通って、ルックは何かを墓石へと投げつけた。
一輪の白い花。
「あんた変なところで常識ないね、百五十年も生きて痴呆症?」
墓参りには花だよ。
そこらで引っこ抜いたのだろう、葉も茎も青々とした、名も知らない一輪の花。
無造作に投げられたその花が、彼への手向けには相応しいと感じた。
「――さよなら」
一度背を向けて、もう振り返らない。
いつまでも過去に縛り付けられているのは、平穏だけど、哀しい。
「るーっく、待ってって」
「二度とこないよこんな暑い場所」
「海見れば絶対考え変わるよ、綺麗で涼しいし楽しいよ?」
「は? なんでわざわざ塩水で肌を刺激しに行かなきゃならないんだ」
「いや、別に泳ぐとかじゃなくてさ……」
不機嫌最高潮で歩いていく連れを、駆け足で笑いながら追いかけるクロスを、もう誰もその存在を知らない墓石が、白い花を風に揺らして見送っていた。
***
あれ、なんか4主書きやすい……(のは、設定ほとんど無視してるから
ルックを連れて墓参り。(出会いから一年後くらい?)
誰の墓って、スノウです。
……いくらサイト巡回しても、フォローの方法が見つからない人。
ってゆーか、誰もフォローしてないっていうか……あれ、スノウと4主って結構良い仲だったと思うのだけど……?