<Junction>





ふらっと闇に包まれている街を歩く人影一つ。
それが実は一年前に ハイランド国の皇帝だったなどという事を知っているべき人はいない。
そんな世間一般的には「死んだ」事となっている彼・ジョウイがここで何をしているかというと、なけなしの小遣いを握りしめての酒場探しだったりする。


元来無駄に器用というか、某トランの英雄にいっそ器用貧乏と称され笑われた記憶は新しいが、手先は上手く動くのでカードでのイカサマをやって酒代を巻き上げるぐらいの事は朝飯前だ 。
しかし、前回それをやって明朝帰宅をしたら、玄関先に仁王立ちになった幼馴染の少女の制裁が待っていた。

次の日から一週間にわたる、食べ物とすらすでに思えないのになぜかニンジンの味だけはしっかりと出ている恐怖の料理を味わった。


だが、全く呑まないというのは酒の味を覚えてしまうと厳しいもので、困り果てた挙句、某魂喰いの保護者もといお母さんに相談した結果、なるべく少額の小遣いを賭け事を行っていない酒場へ持っていき、金がなくなったら即帰宅という案を頂いた。
それで現在実践中なわけである。


だが、賭け事をやってない店なんてまずないわけで、もしかして謀られた? と内心思いつつ町を徘徊していた矢先、見慣れない看板を見つけてふらと近づく。
店の名前は「Junction」。
とりあえず入ってみると、薄暗い店内にはカードもビリヤードもルーレットもない。

やった。

それにしても辛気臭い店だと、足を踏み入れて思う。

テーブルはなくあるのはカウンターだけ。おまけにそこに座ってる客はたった一人。
というかカウンターに椅子二つしかないんですが。


必然的に、腰掛けるのは唯一の客の隣となる。
店主に適当に買える値段の酒を注文して、それが来るのを待つ間にちらと隣に座る男を見た。

心持ち伏せられているので暗い照明のせいもあり顔はよく見えないが、ざっくりとショートに切られた髪の色は飴色、目の色は不明だが、横顔から判断する限りでは顔立ちは整っている。
もっともジョウイ自身自分の顔にそこそこ自信はあるし、某魔法使いとか某英雄とか愛しの幼馴染とか極上級の顔を日頃拝んでいるせいで、別段「ああ顔結構いいな」以上の感想は持たない。

「お待たせ」

店主に酒をもらってから、ジョウイはこんな辛気臭い雰囲気の中で酒を飲むのは勘弁してくれと思い彼に話しかけようとしたが、店主はふいとそこから消えてしまったので、仕方なく隣の男に話し かけた。

「ええと……ここには一人で?」
言ってからなんてあほな事を聞いたのだと後悔したが、時遅し。

「そうだ」

それからしばらく沈黙が続いたが、ジョウイが次の言葉を決めかねているのを察したのか、向こうから声が来た。

「……逃げてきた」
「何からですか?」
「……美人の参謀」

そう言われて反応ができなかったジョウイに、相手はもう一口酒を飲んで言う。
「っつーか、笑顔で人を脅す奴」

「…………」

該当人物が約一名思い当たったが、彼の交友関係は大方把握しているはずだから、こんな人間が知り合いにいたという話は聞いた事もないので、おそらく違う。

「お、お友達・・・ですか?」
「……違う」
酷く不機嫌な声でそう返してきた男は、目の前に置かれていたボトルから勝手に自分のグラスに酒を注ぐ。

あれと思って空になった自分のグラスを手の中で転がしていると、自分の目の前にもボトルが置いてあるのに気付いた。
深く考えずに酒を注ぐ。

「友達じゃない、あっちが勝手に付きまとっているだけだ」

振り回されているんですねと言いたかったが、おそらく図星の事を言うと怒らせてしまうかもしれないので、ジョウイは相槌を打つに止める。
どうしてだろう、彼には逆らうなと本能が警告を発している。

「かってに人の寝室に忍び込むわ、戦闘時には絶対ひっぱっていくわ、船から下ろせと言っても聞かないわ、食事は自室で取るといったら己の分まで持ってくるわ……」

愚痴の合間に一口飲んだ。

「叩き出してもなぜか入ってくるわ、ふんじばってもいつの間にか抜け出してるし……」
「…………」
「わからん……奴が何を考えているのかさっぱりわからん……」
先ほど述べられた行為の大方が前科ありのジョウイは何も言えず、ただ男に同情するだけに止めておいた。
好きになった相手がのほほん天然でよかったと今思う。
そうでなければ部屋から放り出されふんじばられる羽目になっていたらしい。

「僕は好きな子のところに行こうとするとまず邪魔されるんですよ」
某英雄。
その実は命を吸う最強の紋章をちらつかせ人を脅すただのチンピラ……とは確かにジョウイの偏見だが、実際それが真実に近くない事もないと思う。

「人が悔しがるのをみて笑ってるんですよ。一度なんかセノの誕生日にびっくりさせようと思ってプレゼント片手に部屋に行こうとしたら、どこからともなく笑顔で現れて引っつかんで外に連行ですよ!? ひどいと思いませんか、鬼だ悪魔だ」
「…………」

どうやらこの青年の相手はセノとかいう子らしいと思いながら、男はグラスを空ける。
もっとも彼は本当に好きなんだろうが、こっちの場合は大分違う。
大体、恋人がいるのに自分の部屋に忍び込んで居座るってのはどうなんだろう。
おかげで俺は毎日毎日冷たい殺意を浴びているんだが。

考えて頭が痛くなってきたのでさらに酒を煽る。
幸い酒には強いのでこのペースで呑んでも平気だ。
……酔えないが。
「もっともさすがに見咎めた人がいて助けてくれましたけどねっ、本当になんて奴だ。おかげでセノの可愛い顔を見るのが遅れたんですよっ」

何も言わない方が無難だと判断した男からは沈黙しか返ってこないが、ジョウイにはもうどうでも良くなったらしい。

「美人だとは言いませんけどね、可愛いんですよムササビみたいな感じで」
「……へえ」

あれのは美人中の美人だなと相手の容姿を思い浮かべながら相槌を打つ。
さらりと流れる髪に大きな蒼い目。
海の男のはずなのに、どうしてああも白く細いのか、それは見かけよりずっと長らく生きてきた彼にとっても世界三大謎の一つである。
焼けないよな、おかしいよな。

「しょっちゅう僕にまとわりついていた頃からほんっとうにかわいいんですよぅうっ」
「綺麗だけど」
ふと、思いついた事を言ってみた。
どうせこの隣の金髪の男、聞いてないだろうし。
「構うなって言っても構うし、機会があれば髪を弄るかボタンをつけるとかそんなマメな……」
「なのにここ一年あいつに懐いちゃって! ええそりゃあ僕が悪いんだセノから目を離してた僕が悪いんだけどそうなんだけど、確かに敵に回っちゃったりしたんだけどそれは色々こっちにも考えがあって」

「……そういえばあいつどこに裁縫用具一式持ち歩いているんだ……」
「これ見よがしに見せ付けてくれなくてもいいのにあああの腹黒悪魔っ」

 
ジョウイははたと気付く。
そういえば最近やけにアレと一緒にいる事に。
なんでだ、そうだ、セノが一緒にいたがるからだ。
……おのれ。


「しかも作戦に要する時間と戦闘と、軍主として最低限の仕事の時間外はほとんど家事めいたことやってない……か……?」


男ははたと気付く。
そういえば最近無駄にヤツが側にいることを。
なんでだ、あいつが寄って来るのを自分が容認するからだ。
……拒否すら疲れたのか自分。


「いいんだそれでも、僕はセノといられれば幸せなんだ……」
いっそ痛々しいまでに開き直っているジョウイの言葉を聞き流しながら、男は酒を一口含んで視線を淡い照明へと向ける。

「関わるなって言っただろうが、馬鹿」
そこにいない事は分かっていても、そう呟いた。
何もいい事はないのだから、今度部屋に押しかけてきたらもう一回そう言って……奴の恋人に引き取りにこさせよう。
彼までもが、自分が抱えていえる闇を抱える事はない。

「だーれが馬鹿だって?」
ぽん、と肩に両手が置かれ、にこにこ笑顔で後ろに立っているであろう人物に、男は肝が底まで冷えた。というか凍った。
「どうしま……」
男の嘆きが突然止んだので不審に思ったジョウイ(一応聞き流してはいたらしい)が視線を転じると、そこには灰茶の髪と蒼の目を持つ、十二分な美少年が、文句のつけようも無い笑顔で立っていた。
 
見れば分かる。
これはアノ人属性。
この笑顔は近づかないのが最善。

「さ、帰ろうか。こんなところでお酒なんで飲んでないで僕の部屋で飲もうよ」
「いや、あのな……」
「かってに抜け出して僕が怒ってないとでも思ってるの?」
これが、美人の参謀。
なるほど、間違っちゃいない。

ジョウイは連行される勢いで連れて行かれる男を哀れみを込めた目で見つめていた。
「お兄さん、会計」
「あ……」
いきなり現れた店主に「いくらですか?」と聞いたのは美少年の方で。

ジョウイの手持ち金の十倍くらいの値段を聞いて、顔色一つ変えずにぽんとお金をカウンターに置くと、男の背を押しながらジョウイを振り向いてにこと笑った。

「じゃあね」
「あ……はい」
どう見ても無理矢理連れて行かれた彼を見送ったジョウイは、さて自分はどうしようかと考えとりえずボトルは開けようと思いながら、酒をすする事しばし。


「じょーぅいくんっ」
一番聞きたくなかった声が背後から響いてきた。
先ほどまで連行された彼が座っていた椅子に腰かけ、先ほどの美少年に負けず劣らず素敵な笑顔でジョウイを見てくるその格好だけは可愛らしい。
長い深緑のバンダナが肩にたれていて格好だけは可愛らしい。

だがその中身を知る人間にとって、彼の笑顔(特に対ジョウイ)は恐怖以外の何者でもない。

「僕にも奢ってほしいなあ」
「あなたは家に腐るほどあるでしょう!」
腐っても超名家・マクドール。
地下室には本当に腐るほどの量の酒がある……わけでは残念ながらできた家政婦(?)のおかげでないのだが、それぐらい調達する金はそれこそ腐るほどある。
「言いつけちゃおうかなあ、またニンジンフルコースっていいよね」
「……前回の入れ知恵はあんたか……」

幼馴染sにそんな悪知恵があったとは思えない。
怒る時は怒るが、一週間もあんなネチネチとくるはずもなかったのだ。

「でも僕、金ないですよ」
「くすねてきたよ。この金額分はあとで家事という形の労働で払ってもらうから」
じゃら、と金の入った袋をぶら下げて、屈託の無い笑顔で笑ったトランの英雄に、ジョウイはもう突っ込む気力も萎え果てた。


 

 

 

 



***
当初はテド4だったので、テド4風味でしたが、味はほとんどそのままにシグ4で。
4主の恋人はシグルドです(当時

4のテッドは苦労人。大丈夫、共演部屋でも苦労人。
これが実は幻水初作品。