<始まり>
「腹減った……」
「……わかってる……」
ビクトールとフリックは先のデュナン統一戦争以降、こうやって二人旅をしていたのだが、流浪といえば聞こえはいいがその実はただのその日暮らし。
行きあたった場所で盗賊退治とかモンスター退治とかそんな事をごちゃごちゃと。
しかしここしばらくぱったり仕事が見当たらなかったので、現在は空腹。
実は解放軍にいた時が一番リッチだっただなんて事は、思うだけ虚しいので思わない。
「おい、ビクトール」
ついっとビクトールの服の裾を引っ張ったフリックに何だと返してみれば、彼が指差す先には一枚の貼り紙。
『武道大会開催』
「……んなもん」
余計腹が減るわと言おうとして、その下の文句に気がつく。
『優勝者には賞金五千ポッチ』
「出よう」
「おう」
一も二もなくそう決めて、善は急げとばかりに申し込み会場へ駆けつけると、受付嬢に申しわけなさそうな顔で微笑まれた。
「あの……三人一組でございまして」
「……この辺に知り合いなんかいたかフリック」
「いたらこうなる前に転がり込んでるだろーが」
顔を見合わせて溜息を吐いた。
絶望的。
せっかく期待に舞い上がった直後なので疲労の色濃い二名に、横から親切なおじさんが助け舟を出してくれた。
「ここの武道大会は有名で、各地から屈強の戦士が集るんじゃが、大方酒屋でたむろしておる。もしかするとまだメンバーになっていないのがいるかも……」
しれんが。
おじさんの科白を終了させることなく、ビクトールとフリックは脱兎の勢いでその場を脱し、素晴らしい脚力と嗅覚を持って、酒屋の入口を開いた。
この辺りは色々「さすが」である。
が。
「……お前のせいじゃないか」
「ちがわぁっ!」
すでに締め切り前日と言う事もあり、大抵の「屈強な」戦士達は売買済み。
まだフリーでも、ビクトールからフリックへ視線を移し、苦笑いと共に首を横に振られるのである。
かなりがっしりとしたビクトールでさえ中の下くらいに見えるこの集団の中で、どう見ても標準男性体形のフリックは浮いている。
悪い意味で。
というわけで先刻の会話になるわけだが、たしかにフリックはタッパはあっても筋肉むきむき……ではない。
ちょっと間違えなくても優男と称されても問題なさそうな戦士の村出身の戦士(のはず)フリックたぶん三十路前後。
ちょっとボディービルディングしようかなと落ち込みつつあった彼の相棒は、きょろきょろと店内を見回して声を上げた。
「あ、あそこにまだ誰かいる」
「いや、待てビクトールあれはやめて……」
しかしフリックの制止を聞かず、ずかずかと酒屋の一番奥で本に読みふけっている人物の前に立つと、ビクトールは持ち前の朗らかさで声をかけた。
「なあ、腕に少々覚えがあるなら、俺達と武道大会に出てくれねぇか」
「武道大会?」
凛と澄み渡った声が、喧騒の中ビクトールとフリックに届く。
本から顔を上げた、青年と少年の間に位置しているであろう妙齢の彼は、その暗闇でもわかるほどの端整な顔で、問い返した。
一瞬くらっときたのは、顔のいい男→某元ハイランド国王 を思い出してしまったからという事にしておくフリック。
というか綺麗な顔の男にろくな人間はないと言う事を、ここしばらくかけてみっちりと学んでいる。
「いいよ、僕も退屈だったし」
「おう、そうか、助かった!」
よかったなフリックと屈託の無い笑顔で言った相棒に、フリックは曖昧に頷く。
先ほどからさんざ軽蔑に近い視線を向けられているこの自分より明らかに細っこい四肢。
腕に少々覚えがあると言ったって……。
グウウゥ。
緊迫感の全くないフリックの腹の虫の声に、彼は穏やかに笑った。
「お昼を一緒にどう? あ、僕の名前はクロス、よろしく」
「俺はビクトール、んでこっちはフリック。昼は……その」
「いいよ、会計一緒にして今日は奢るよ」
「そ、そうか、すまねぇな。いやぁじつは金がなくて」
そう言いながら遠慮なしにクロスの勧めた椅子に腰かけ、メニューを注文するビクトール。
フリックも少々ためらっていたが、空腹には勝てずビクトールに続いてメニューを追加。
本をしまったクロスは、楽しそうに目の前の光景を見ていた。
宿代まで出してもらって、申し訳ないと低姿勢の二名に、いいよと笑うクロスと共に、武術大会の広場へやってきた、はいいのだが。
「あんた、どのくらい強い?」
率直に聞いてきたフリックに、腰にさした双剣の柄を叩きつつ、クロスは思案する。
「う〜ん、まあ弱くはないと……」
「ずっと一人旅か?」
「うん」
ずっと、が何年かは言わずにクロスは頷く。
そうか、とビクトールが納得したところをみると、力量については大雑把な見当をつけたのだろう。
ま、間違っているだろうが。
「そう言えば、登録チーム名は何になってるの?」
申し込みをしてきたのはフリックだったので聞いてみれば。
「青雷」
「……プッ」
真顔で答えた彼に、思わず笑うクロスを責められる者はいないだろう。
さくさく予定通りに勝ち進み、きたその場所は準決勝。
なんていうか、正直な感想はああ人使いの荒かったどこぞの軍師サマありがとう。
おかげで体力も技術も上がりました、でも今度あったら恨みの一つは言わせてくれ。
なんて事をビクトールとフリックは思いつつ、準決勝までその指一つ動かさなかったチームメイトを振り返る。
「クロス……ちったぁ戦えや」
「えー、でも僕いなくても片付くならいいじゃない?」
「そういう問題じゃないだろう」
呆れ顔のフリックに、クロスはじゃあねと提案する。
「準決勝は僕一人でやるから二人は休んでて」
「「……は?」」
それは無理だろう、さすがに。
そう言おうとした二人に、「大丈夫だから、ね?」と微笑んでクロスは一人双剣を手に、対戦場へと歩み出る。
「おいおいっ、なんだよあのひよっこいのっ」
「おじょーちゃんはおうちかえってねてなって!」
「いいねえ、あの綺麗な顔が血みどろに染まる瞬間」
「賞金がいるぐらいなら俺が買ってやるぜ!」
卑猥なブーイングが飛び交う中、クロスはにっこり笑顔で対戦相手及び客席を睨む。
睨む。
そして、テノールの声が沈黙に満ちた会場に響く。
「……俺、気が長い方だけど、君達のおかげで少し短気になったみたいだな」
後ろに控えていたビクトールとフリックは、震えた。
これはかの、某軍主二名を彷彿とさせる、もの。
「さあ、とっとと片付けようか」
美しい笑顔を向けらて、敵方は完全に戦意を喪失する。
まさに、蛇に睨まれた蛙。
慣用句の正しい使い方をしっかとその眼で見る事のできた、幸福なのか不幸なのか解らない観客の皆様方は、彼に秒殺された対戦相手に、限りなく深い同情の念を捧げた。
「……ビクトール」
「……なんだ」
「……もう俺は、天魁星には関わりたくない」
「……クロスがそうだと断言するな……」
ちょっとあの男の素性を後で聞いてみよう。
二人は別口に自分の心の中でそう結論付けた。
「え? 僕?」
クロスの凄まじき戦いっぷりを目撃していた決勝の相手は、戦う事なく投降というあまりに賢い選択をしたので、結果として優勝した「青雷」チームは、先日泊まったのより格上の宿(勝者への無料提供)の下の酒場で酒を片手にくつろい――でいたかは微妙だが――いた。
「そのー……俺ら、真の紋章関連の戦い? に何度か参加しててさー」
「ふーん?」
「で、そのリーダー格の奴等になんとなく似てるんだよな、お前」
同じオーラっての?
ビクトールの言葉に、クロスは僅かに口元をほころばせる。
ただ、懐かしかった。
「へーえ、それは光栄? なのかな?」
首を傾げて笑ったクロスは、フリックに酒を勧める。
――……賞金が入ったおかげで金が潤沢になった彼らは、口もよく回り酒もよく回った。
「だーかぁら、結局あれはあっち側の勝手なー」
「うう……オデッサ……」
「ったくよぉー、シュウの奴散々こき使いやがって」
「ビクトール達は解放軍にいたんだね」
「おうともよ、二度もな」
「オデッサ……(しくしく)」
クロスは酒の入ったコップ片手に首を傾げる。
「二度も?」
「まあ解放軍ってのか、そういう勢力だからな。軍主がまだ幼くてなー」
「フリックも一緒だったの?」
「ひどいよなークロスーシグールの奴ご褒美にグレミオカムバックだぜー……俺のオデッサー」
「……どういう意味?」
「だからぁーシグールの奴はグレミオカムバックさしてーセノもジョウイカムバックしやがってぇぇ」
「え?」
どういう事? とクロスに尋ねられて、ビクトールは苦笑する。
「レックナート様という人が、一人だけ死んだはずの人間を返してくださったんだ」
それ以上は言えねぇなと口をつぐんだビクトールが、他の酒場の男たちと共にカードにいそしみだすと、クロスは酔い潰れているフリックをそっとゆする。
「フリック」
「おでっさぁぁ」
「フリック、カムバックってどういう事?」
「あ〜? つまり一軍を率いて戦った天魁星へのご褒美でー……」
「レックナートって、どこにいる人?」
「門の紋章持ってるとかでルックとかいう鼻持ちならねえ風の紋章使う性格が最悪に悪いガキの……」
そこまで言って、ぷっつりと意識が途切れたかのようにテーブルに突っ伏したフリックを見下ろして、冷やかなきらめきをその双眼に宿し、かつて天魁星は呟いた。
「……レックナート……」
――購いの時は過ぎ、許しへと変わっていく。それは一〇八の意志が決めた事
……の、科白だけ残し忽然と消えた正体不明者。
なのに、一部ではそんな偽善者チックな事してたのか。
「待ってろ」
憮然とした表情で呟いたクロスは、酔い潰れているフリックとハイテンションで騒ぐビクトールを省みず、酒場を出て行った。
さしものレックナートも、顔色を少々変えていた。
「――というわけで、僕だけ何にもないのはちょっと不公平かなーなんてv」
手袋を外して罰の紋章をちらつかせ、笑顔で壁際に追い詰めつつ低い声で言うのは、お願いではなく脅しである。
……と、ツッコミも出なかった。
「……わかりました、一人だけ、貴方の望む人間を」
諦めたレックナートがそう言うと、じゃあね、と笑顔で彼はこう言った。
「テッド」
「……貴方の、一番大切な人を」
「苛め足らなかったんだよね、すぐ消えちゃったし。僕の大切な人は満足して逝ったので結構です、というわけでテッド」
「……彼は、彼の魂は今ソウルイーターの中にいます」
「へーえ、できないんだ?」
含みのあるクロスの言葉に、レックナートは言い返す。
「できないとは言っていません」
「じゃあしろ」
命令になっていたが、レックナートはスルーする事にした。
すでに魂を喰われた相手を蘇らせる。
「……条件がいくつかつきますよ」
「構わないよ、実体があって実際にテッドなら」
その言葉にレックナートは、己の敗北を痛感した。
……こんな人物相手に三ヶ月粘った自分を褒めてやりたいと、むしろそう思った。
***
何度変換してもフリックが不リックって出ます。
不憫なフリック……。