やかましい。
説教ばっかりたれやがる。

文句を常にこぼしていた持ち主が息を引き取ってから、その剣はめったに喋らなくなった。
それまでは何かとつけてやいのやいの言ってたくせに、今ではことりと動きもしない。
元の場所に戻りたいかと彼の息子が問うと、ただこう返した。

『しばらくここにいる』

それ以来、その剣は一家に守られ続けている。





<星の剣と彼の子>





元気な声が早朝響き渡る。
部屋の外で待っていた夫は駆け込むと、上気した顔の義母に駆け寄った。
「義母さん、子供は」
「いい男の子だよっ、ほら、見ておいで!」
「はいっ、ありがとうございます!」
駆け入った先の部屋には、額に汗を浮かべた妻が小さいものを抱いて寝転んでいた。
「あなた」
「よくやったな、ありがとう」
「ほーら、パパですよー」
笑って妻が抱いていたものから布を少しはだける。
中から覗いたのは、紛れもなく赤ん坊。

自分の、子供だった。

「おおっ、俺に似てるな!」
「うふふ、本当ね」
壊れないようにそっと抱き上げて嬉しそうに笑う夫に、妻は出産の疲れが浮かぶ顔に笑みが浮かぶのを感じた。





この家には他の家にはない特別なところが一つだけある。
今の暖炉の上に、大きな剣が安置してあるのだ。

その剣の名は、星辰剣。
この家では子供の躾は「狼が来る」とか「モンスターに襲われる」ではなく、「星辰剣様がご覧になってる」で行われる。
先祖の一人である英雄ビクトールが持っていたという星辰剣。
その威力はこの世にあるどんな武器よりも勝り、そしてそれ自体が意思を持つという。

と、ここまではただのおとぎ話の部類になる。
しかし一家の家長になるものには、星辰剣は必ず一言口を利く。
だから、皆それを疑わない。


「星辰剣様、いつも見守ってくださりありがとうございます。この通り、俺の息子が生まれました」
剣に向かって生まれたばかりの赤ん坊を差し出し、夫は頭を垂れる。
妻も親戚も、同じく頭を下げた。
いつから始まったものだろうか、これはあくまでも通過儀礼だった。
この場所に星辰剣が置いてあるのは「みなの生活が見えるように」という理由からだが、別に剣に子供の生まれた報告をする必然性があるわけではない。

普通なら、この後は夫が生まれた時と同じように、誕生を祝うささやかなパーティへと移行する。
今日も、そうしようとしていた時だった。

剣が、動いた。

「えっ……」

『……その子供、名は』

響いた星辰剣の声に。一同は目を見張る。
「こ、この子の名前は、アレストです」

かた、ともう一度だけ動いて、剣は再び沈黙した。
彼が話し出すのは、アレストが四歳になってからだ。










『いい加減にせよ、日が落ちたら家に戻るものだ』
「うっるさいなぁっ、そんなのぼくのかってだろ」
『煩いのはそちらのほうだ、ぐちぐちいうな女々しい』
「っ、しゃべる剣なんか、へんなのにいわれたくないもん!」
『このわしに意見するとは偉くなったものだ、その上靴の裏の泥を落とさず家に入るのか?』
「っ……」
飛び上がってふよふよ浮かぶ星辰剣に遠慮なく言われ、幼い少年の目に涙が浮かぶ。
『まったく、お前などやはり英雄の列に並ぶに足らんな』
「そっ、そんなことない! ぼくだって……」
『無理だ』
「……っく……ひっ……」
さっくり切り捨てられて、彼は思わず声を上げて泣き出してしまう。
奥から慌てて母親が飛び出してきた。

「アレスト、どうしたの」
「だ、だって星辰剣がいじめるー」
母親に泣き顔で抱きついて、子供はひっくひっくとしゃっくりをあげた。
「星辰剣様はアレストのことを思って言ってくださってるのよ」
「ぼくだってえいゆうになれるもんっ」
そうね、と微笑んで母はアレストの頭を撫でる。

『またそうやって母に逃げるか』
「星辰剣様、この子はまだ子供ですから」
『家に帰るのが遅れたのはこやつの責』
やんわりとたしなめた母親も切って捨て、いっそ傲慢な星辰剣を睨んでアレストは母親の腕の中から離れた。
「ごめんなさいっ、あしたはちゃんともどる!」
『そうかな』
そうとだけ言うと、定位置について剣は沈黙した。

「……ママ」
「なあに、アレスト」
幼い息子が星辰剣を見上げる。
父親譲りの茶色の目が、その剣を映さなかった事はない。
「きょうのごはん、なに?」
「アレストの好きなシチューよ」

無邪気に喜ぶ息子を見て、母は剣の事を思った。
百何年、沈黙していたこの剣は。

きっと、待っていたのだと思う。















振り回した先が木に当たって、剣はすっとアレストの手を離れると文句をたれた。

『下手』
「るっせー! お前が重いんだお前が!」
『両手で持てばさほどでもないわ』
「さほどであるんだ!」

ばしっと空に浮く星辰剣の柄を再び握って、アレストは素振りを繰り返す。
振り上げ、振り下ろす。
その動作の間に動く筋肉は、服の上からもうかがえる。

「精が出るなアレスト」
「親父」
「とても父さんにはその剣は振れないよ」
素振りに戻ったアレストを見て、笑って父は首に下げた布で汗を拭く。
「その歳でたいした剣椀だしな。来年になれば軍に入れる歳にもなるが、どうする?」

んー、と呟いてアレストはびゅいと最後の一振りをし、星辰剣を鞘に収めた。
「考え中」
「そうか、まあお前の道だから好きにしていいぞ」
父さんと農業でもかまわないしな、と言って父親は少し寂しげな顔で笑った。





ある日、暖炉上に安置されている星辰剣をアレストはわしづかみにし、かちゃりと腰にさした。
『……まだ日が昇っていないが』
「ん、ま、いーじゃねーか」

戸口でぎゅ、とブーツの紐を結んで、アレストは一瞬だけ家の中を振り返る。
早朝とすらいえない早い時間、もちろん中に人気はない。

「いって、きます」

そう言って、口元でかすかに笑った。


 

 




***
アレスト過去。
出生家族は生存です、たぶん、まだ。

書置きはしてますが里帰りはしてません。