<飲み比べ>
酒場が賑わいを見せているのに、ロッテはつい中を覗いた。
ロッテはまだ未成年だからお酒は飲めない。といっても誰も咎めたりはしないので少し飲んだ事はあるのだけれど、苦かった上次の日とても頭が痛くなったから飲まないようにしている。
必然的に夕方以降の酒場にも用はないから滅多に来ないのだが、今日はミナがまた逃げ出してそれを捕まえるのに必死になっていたから夕食の時間が遅くなってしまったのだ。
夜の酒場は昼間よりもずっとお酒のにおいと、あと汗やら何やらのにおいがする。
けれどランプの明かりだけのはずなのに、室内はぐっと明るい。
そこかしこで声が上がって、グラスの鳴る音がする。
賑わいの中心は部屋の中央だった。いくつかのテーブルが避けられて、どんとひとつの机が置かれている。その上には何本ものお酒の瓶。
机に座っているのは二人の男。どちらもトラン軍では屈強な戦士として尊敬されている人だ。
少し離れたところで机に座っていたバレリアとクレオを見つけて、ロッテは机を取り囲むようにしている男達を避けてそこまでたどり着いた。
「おや、こんなところに来てていいのかい」
「何してるの?」
「ビクトールとウォーレンの奴が飲み比べしてるのさ」
「男はああいうのが好きだからねぇ」
「さっきはパーンとケスラーがやってたっけね」
なるほど飲み比べ。だからあんなに盛り上がっているのか。
改めて見ると、照明の下でも男達の顔は赤い。
酔っているから余計にテンションが上がっているんだろう。
どちらが早く杯を開けられるかを競っているようで、大きなコールが起こっている。
どん、とビクトールが杯を机に叩きつけるように置き、わぁっと周りの男達から歓声が上がった。
「おや、あの様子だとウォーレンが負けたみたいだね」
タガートが顔を真っ赤にしたウォーレンに手を貸してよたよたと輪から外れてきた。
見ていた三人に気付いて軽く会釈をし、それからふらふらと酒場を出て行った。
「これでビクトールが三人抜きだっけ? よく飲むよ」
「お酒なんて美味しくないのに」
ロッテが運ばれてきたジュースに口をつけながら言うと、バレリアがおや、と面白そうな顔をした。
「ロッテ、酒を飲んだ事あるのかい」
「ちょっとだけ。でもおいしくなかった」
「ははっ、じゃあこれを飲んでみるといい」
「……バレリア」
「いいじゃないか少しくらい」
クレオが呆れたようにバレリアを小突き、バレリアはからからと笑っている。
飲んでみろといわれたそれは赤くて透明なものだった。
一口飲んでみると、ちょこっと苦くて、けれどそれ以上に甘かった。
「安い酒は早く酔うために味がきついんだよ。こういう酒ならいけるだろ」
「これお酒なの?」
「バレリア酔ってるね……」
楽しそうに笑っているバレリアも、相当酔っ払っていたらしい。
わぁっ、と一際大きな歓声が輪の方からあがった。
何事だろうと見れば、緑色の頭がちらっと見える。
リーダー、という声が聞こえて、ロッテは目を瞬かせた。
「シグールが来たなら今日はもうお開きかねぇ」
「リーダーもお酒飲むの?」
「テオ様やパーンが面白半分に飲ませるから……」
クレオが溜息を吐いて額に手を当てる。机の方ではすでに飲み比べが始まったらしく、やれいけだの負けるなだの声援が飛び交っていた。
やがてシグールの勝ちを告げる声がする。
「それに後半ともなってくると他の奴らも酒が回ってるからそんなに回数をこなせないのさ」
皆潰れてそれでおしまい、と肩を竦めてバレリアはつまみのナッツをひとつつまみ上げた。
「リーダー強いんだ?」
「あれだけ強いとは私も知らなかったけどね」
「うわばみもいいとこさ、顔色ひとつ変えやしない」
「へぇー」
ロッテの感心したような声に、クレオはでもね、と付け足した。
「けど、次の日に酷い二日酔いになってるから、明日はきっと坊ちゃん部屋から出てこないかもしれないね」
「クレオさん止めなくていいの?」
「まぁこれは自業自得でしょう」
そう言って笑むクレオさんも、実は相当酔ってたのかもしれない。
ロッテはふと二人に聞いてみたくなった。
ロッテと飲んでいる間にも、机の上に置かれている瓶に入っていた酒はどんどんなくなっている。
「二人は飲み比べに参加しないの?」
「ああいう飲み比べは量がいるから安くて強い酒を使ってるんだよ。つまりはまずい」
「そんなの一気に飲みたいかい?」
ああ、それは嫌だ。
ロッテは納得したように頷いて、自分のジュースを飲み干した。