<マッシュ>





追われるようにグレッグミンスターを出、一つの細い糸をたどってセイカについたものの、目的としていた人物にはあっさりとあしらわれた。
「なんて奴だ、オデッサのやったことが無駄だなんて」
ビクトールが歯軋りをすると、しかたないでしょうとグレミオは首を横に振る。
どうしてオデッサは彼に会うように言ったのだろうかと皆で考えていると、その横をどかどかと兵士達が通っていった。
「痛っ」
「大丈夫ですか坊ちゃん」
突き飛ばされたシグールは眉をしかめて、王国兵の背中を見る。
そして無言でたかたか歩き出し、一瞬顔を見合わせてから全員で後を追った。


「その子を放して下さい!」
響いた声は聞き覚えがある。ついさっきまで話していた人物のものだった。
「マッシュ=シルバーバーグ、あなたには帝国軍にもどってもらう」
「断わる! 人の争いのは関与しないと決めたのだ! 私はもうただの世捨て人だ」
マッシュが強い口調でそれを断わると、王国兵は子供を後ろから羽交い絞めにしていた。
囚われた子供は泣きじゃくっている。恐怖と――痛みもあるだろう。
「カシム=ハジル様の命令だ、そうもいかん。この子がどうなってもいいのか!」
高笑いをあげた王国兵。その前でマッシュは歯噛みした。

「坊ちゃん、どうしま……」
隣のシグールを見て問いかけたグレミオだったが、次の瞬間には子供を羽交い絞めにしていた王国兵は鈍い音とともにその場に倒れこんでいる。
「こ、このガキっ!」
叫んで飛び掛った兵士とシグールの間にグレミオ、そしてビクトールとクレオが立つ。
しばらく数えるまでもなく、王国兵は全員その場に打ち伏していた。

「あなたたち、子供の前でこんな殺し合いを……」
「うるさい」
ぴしゃりとその場を制したのは他でもなくシグールだった。

「他の村では子供が殺されている。あなたはそれから目をそらしているんですか。目の前の子供が生きていればいいんですか」
「……力を持っているのに使わないのは臆病者と、妹に言われました」
王国兵から離れていないところで泣きじゃくっている子供の頭に手を置いて、シグールはゆっくりと撫でる。
何度も繰り返していると、子供は泣き止んでぎゅうとシグールにしがみついた。

「私の選択は間違いだった、のですね。わかりました、私も今日から、妹の目指したものを目指しましょう」
その様子を見ていたマッシュは呟き、その彼にグレミオはイヤリングを差し出す。
「これを」
「これは……シグール殿、あなたが持つべきものでしょう」
「なぜです?」
しがみついたままの子供を抱き上げて、シグールは振り返る。
自分に差し出されたイヤリングを見て、怪訝な顔をした。

「この中には解放軍のアジトを示した地図があります」
「それが?」
「私は軍師です、解放軍を率いる器はありません。けれどあなたにはそれがある。どうか、オデッサの遺志と解放軍を受け取ってください」
子供をゆっくりと降ろして、シグールはじっとイヤリングを見た。
彼が何を考えていたのかはわからない、だけど彼はそのイヤリングを受け取った。
「わかりました」
「ありがとう、シグール殿」
「……勘違いしないでください」
僕は、オデッサさんの遺志を継ぐつもりは半分しかありません。
そう言って、シグールはイヤリングを弄ぶ。

「僕はグレッグミンスターを追われました。その際に親友を失いました。マクドール家嫡男の誇りも失った」
「坊ちゃん……」
「僕はこれ以上失うわけには行かない。グレミオやクレオの命も、僕の命も。僕はオデッサさんのように僕の血を流すことに誇りなんて抱かない」
「それでかまいません。私もあなたを失うわけには行かない」
きっぱりと言い切ったマッシュを見上げて、シグールは目を細める。
「そう、いつか撤回しないでね」
「まずは人を集めなくてはいけません。そして人を集めるにはその器がいる」
器? と首をかしげた一同に、マッシュは遠くを指差した。

「トラン湖の湖上に廃墟となった城があります」
「占拠してこいって?」
その通りですよ、と頷いてマッシュは手を下ろす。
「噂以上に飲み込みの早い方ですね」
「あそこはソニア=シューレン将軍が召喚したドラゴンがいるんじゃなかったっけ」
「ノしてきてください」
笑顔で言い切ったマッシュに、シグールは視線をそらす。

いや、だってあれ、ノせないから不法占拠を予防できているわけであって、だから占拠はできないはずなんじゃなかったっけ。

「マッシュさんは行かないのですか」
当然の疑問をグレミオが放つと、マッシュは当たり前ですといわんばかりの態度で答える。
「私は引越しの準備をしなくては」
「そう……残念だな」
ふっと表情を柔らかくしたシグールは、穏やかな上品な笑顔のままでとんでもないことを言ってくれた。
「片手に本もってじたじた攻撃しているところを見たかったのに」
それにひきつった顔になったマッシュは、ごっほんと咳払いをしてせいぜいこう答えるのがやっとだった。

「……軍師は頭脳労働専門ですからね」