<建国の人>
「そして……これは貴方の軍師としての私の最後の言葉です」
そう言って、彼は正面を見て、微笑んだ。
「お気をつけください、セノ殿」
そう言われた少年は、隣の友人の手を固く握ったまま、頷いた。
二人はすぐに身をひるがえして、キャロへと向かう道を走り出す。
その後姿を見ながら、夕日の中を立ち尽くす男に、後ろから声がかけられた。
「カッコつけて、知らないよ」
「……シグール殿」
棍を持ったまま、岩の上で足をぶらぶらさせていたシグールが、微笑む。
「君は王を逃したんだよ?」
「――彼に、押し付けることはできません」
――いやだ! 戻らない!
ティントで逃げ出したセノは、その温和な顔に怒りを浮かべて、シュウを睨んだ。
そして、そう叫んだのだ。
……思えば、彼はわずか十四五の少年で。
しかも敵には幼馴染がいて。
紋章は彼に力を与えても、支えてくれていたわけではない。
分かっていながら幼い彼に、全てを背負わせた。
人の命を、この国の未来と、みんなの希望と。
これは、その当然の報いだろう。
「どうして、だろうね」
「シグール殿……?」
「……セノは、大事にされてるね」
呟いたシグールは、膝を抱えてくっくと笑う。
「レパントなんか、今だって、「早くお戻りください」なのに」
そこまで言われて、シュウはようやく思い当たる。
――彼もまた、英雄なのだ。
「僕はね、王様になるんじゃないかなって思ってたんだよ」
「なぜですか」
「セノは、人の期待を裏切れないかなって。あの子にとっては、たった一つの大事なものと、たくさんある大事なものは、天秤にかけられないものじゃないかなって」
彼が皆に慕われるのは、彼が皆を愛しているからだ。
宿星の仲間も、それ以外の仲間も。
「一と、万なら、万を選ぶだろ」
どっちにしろ後悔するかもと思ったら、人はそちらを選ぶだろう。
責の少ない方を。
良心の痛まない方を。
「でも、セノ殿はそうしなかった」
「そ、意外だなってね。貴方が最後に言った言葉も」
「……シグール殿は、後悔しておいでですか?」
見上げた先の英雄は。
シュウの尊敬する師と共に、戦地で何を見たのだろう。
シュウの師は、できたならば、旅立つ英雄に同じ言葉をかけただろうか。
「そんな非生産的な事はしないよ」
さらりと言って微笑した彼は、岩の上から飛び下りた。
「あとは城まで護衛すれば僕の仕事も終わりだね」
「申し訳ありません」
「いいよ」
そう言った彼は、シュウの数歩先を行く。
くるくると棍を振り回しながら、軽い口笛を吹きながら。
見かけの年齢相応の振る舞いを見せながら、その目は暗がりを見つめていた。
「――引き止めて、ほしかったのですか?」
ぽつり聞かれて、シグールは笑顔で振り返った。
「うん、そうだよ。僕は、セノに僕と似た選択をさせたくなかった」
君なら引き止めてくれると思ったのにな。
残念そうにそう言った。
「なぜ?」
「あの子は、僕と違って優しいからね」
足を止めたシグールは、肩の上に乗っているバンダナの先を払い落とす。
「きっと、耐え切れなくなる日がくる」
「……どういう意味です?」
「言い方はどうであれ、彼は貴方達を捨てた。裏切った。彼はきっと何か自分に罰を求めてる」
シグールの言い分は理解できるものであったから、シュウは黙った。
そう、セノは優しい。
だから、今回の事をたとえ皆が納得したと教えても、気に病むだろう、気に病んではいけないのに。
「こうなってしまうと、あの子は、自分の汚さを見つめなきゃいけない」
そう言った彼の真意が見えなくて、シュウは何も言わずに足を踏み出す。
完全に日が落ちる前に、城へ戻った方がいいだろう。
歩かないシグールの横を通り抜けると、くすりと彼が笑う気配がした。
「ねえ、シュウ」
「……なんでしょう」
「祈ってあげてよ」
「何をです」
「セノが、僕みたいになりませんように」
そう言われて、シュウは思わず振り向いた。
建国の英雄は、その右手を空にまたたきだした星へかざしていた。
「……自虐とは、貴方らしくありませんね」
やっとの思いでそう言うと、振り向いたシグールはに、と笑った。
「でしょ?」
だからね、シュウ。
一瞬で横に並んで、下から覗き込んでシグールはいつもどおりの顔で言う。
「マッシュの前でしか、話しちゃダメだよ?」
「……わかりました」
吹いてきた夜風になびく自分の髪を押さえて、シュウは前を歩く小さな背中を見つめた。
――師は、何を思ってこの背中を見ていたのだろうか。
――主は、彼から何を学んだのだろうか。
***
ジョウイイベント後、シュウと坊。
いくらなんでも軍師様が一人であそこに来るわけはあるまいよ。
というわけで事情を知ってそうな面子の中で坊に(てかルックじゃしゃべんないしね)
最後のシュウの言葉に「ごめんよー」と絶叫しました。
(でもこの時点じゃもう変更きかないのさー……)