どこから君と僕の道は離れたんだろう

――僕が 歩く道を間違えた あの時は





<I only wish that>





「ジョウイっ!」

叫んだ声に、彼は振り向いた。
振り返ったのに、顔が逆光で見えない。
もう何年も会っていない気がする。

「セノ……来たね」

もしかして、来なければよかったと、思ってない?
僕がこのまま、忘れてくれていたらと思ってない?

そう聞くのが怖くて、僕はその場に立ちつくす。



優しい声が、僕を呼ぶ。
それは、ずっと夢見ていたはずなのに。
こんな場所でなんて、思っていなかった。


「約束通りだね、この場所で、再び」


遠い約束
まだ、君と僕の道がずっと共に在ると信じていたときの約束


「僕らの旅はここから始まった……最初は一つの道を歩んだ僕らだったけど、いつの間にか、別の道を歩いていたね」


……ねえ、ジョウイ。
どこで、僕は君の後をついて行き損ねたんだろう。
いつも、君とナナミに引っ張られて、僕は歩いてきたのに。
どの場面で僕は、君の手を離してしまったんだろう。


「でも……後悔はしていない。後悔をするなら、都市同盟を裏切ってアナベルさんをこの手にかけたあの時にしていたはずだからね」


……後悔を、しているのは僕の方なんだジョウイ。
裏切られたなんて、思ってないんだ。

――君の、やった事を、僕は受け入れられなかった。
君の忠告にも、耳を貸さないで。
ジョウイの、思いを、裏切ったのは。

「……僕の、方だよ」
「セノ?」
「裏切ったのは、僕の方なんだ」

あなたが軍主になるのだと。
みなの期待を背負っているのだと。
そう言われて、僕は間違えた。
掴む手を、ついていく後姿を間違えた。

「ジョウイとナナミの他に、大事なものなんて持っちゃいけなかったんだ」

僕の手は、大きくない。
僕の腕は、強くない。

「あの時、あの時僕は、ジョウイについていかなきゃいけなかったっ!」
でもそれは、どうしても、できなかった。
もし、せめて。
「ついてきてって、言ってくれたらっ!」

ビクトールさんや、フリックさんや、アップルにシュウ、大勢の仲間。
その人たちに出会う前だったら、きっと。
「僕だって、ジョウイと一緒に!!」
「……君は、しないよ、セノ」
悲しげに微笑んで、ジョウイは僕を優しい目で見た。
「君は、僕みたいなことはしない。僕は、 ルカの凶行を憎悪しながら、その強さに心ひかれたんだ。君は、そんなことはない」
「そんなことっ!」

わかってるよ、とジョウイは優しく言った。

「君の事は、僕は誰よりわかってる。君は、そんなことはしない。君は、強さをわかってた」

そんなの、うそだよ、ジョウイ。
僕は、何も強くないよ。
僕は、何もわかってない。

「力が強さじゃない。強ければ守れるわけじゃない――君はわかっていたから、あの時拒んだ」
「…………」

あの時。
この、紋章を宿す時。
僕は、ジョウイにこう言った。

――ジョウイ、こんな力は、僕達のものじゃないよ

やめよう、と僕は言った。
でもジョウイは、どうしてもいるのだと。
目の前の一人の子供を守る事すらできないから、どうしても、と。
――それが、ジョウイの望みだったなら、と僕は。


ジョウイは、右手を悲しげに見た。
その手に宿っているのは、僕と対の、紋章。
「……強さがあれば、全てを守れると思った。誰も傷付ける事のない優しい世界が手に入ると思った……しかし」
「いや、だ」
「セノ」

もう嫌だった。
なんで、僕がジョウイとこんな話をしなきゃいけないの。
僕は、どうして、ここに武器を持ってジョウイの前に立っていなきゃいけないの。
こんな事をするために、僕はここにきたんじゃない。

「……デュナン軍のリーダーと、ハイランドの皇王の……これが本当に最後の、戦いだ」


そういうと同時に、ジョウイは構える。
ごく、自然な動きで、僕へ向かって一撃を振り下ろした。
僕は、やっとの思いで武器を持ち上げて、押さえた。

ガン、と衝撃が両腕に走る。
……そうだ、あの紋章の化身と戦って、傷も治さず、出てきてしまった。

「君は、デュナン軍のリーダーなんだよセノ」
「…………」

僕は、確かにそう呼ばれてたよ、ジョウイ。
君も、皇王と呼ばれてた。

……でも、ジョウイ、思い出して。
僕達が、ここから落ちてから、まだ。
たった、一年も、経っていないんだよ。


「なぜ戦わない、セノ!」


とても手加減して打ち込まれた一撃すら流せずに、僕の武器が地面に落ちる。
からんと転がったトンファーの片方を、拾う気力だってなかった。
……ジョウイが今ここで、僕に勝とうとするわけがない。
さっきから、急所ばっかり外してる。


「セノ、僕は君がうらやましかった。そうやってどこまでも優しくなれる君が……」
うそ、つき。
そんなこと、ぜんぜん、思ってなんかいないくせに。
なんで、そんな悲しそうな顔で嘘をつくの。
こんな時まで。

君と僕しかいないのに。
なんで、僕に倒されようとするの。


「……ない」

「セ、ノ?」


両手を地面について、僕はジョウイを見上げた。
そんな、悲しそうな顔を、しないで。


「どんなに! どんなに世界が平和になったって!」
僕は、気付いてしまったんだ。
冷たくなるナナミの体を抱きかかえながら。
「ジョウイが傷ついてできる世界なんか、いらないんだ!!」


この「世界」には、ないんだ。
僕が、ジョウイとナナミより大事なものなんて、ないんだ。
だから、僕はこの「世界」の「平和」より、ずっと。

「いらない……僕は、いらない……」
頬を冷たい何かが伝う。
……これは、なんという名前だっけ。
「いらな、いんだ、ジョウイ」

からん、とジョウイの手から武器が落ちる。
崩れるように膝をついたジョウイを慌てて僕は支える。


「ジョウイっ」
「……力を、使いすぎた……」
「ちから、って」
「ルカ=ブライトの開こうとした獣の紋章を、押しとどめるためには……この紋章の力を……ねえ、セノ」
僕の腕の中で。
ジョウイは、やわらかく微笑んだ。
駄々をこねた僕やナナミを言い聞かせる時の顔で。
「この紋章を一つの姿に、君に僕の命を渡す……右手を」

断れない、願い事。
最後の最後に、こんなこと言うなんて、ズルいよ、ジョウイ。
僕が、君のその顔に、逆らった事なんか、ないの、知ってるくせに。

「セノ」
「……それが、ジョウイの、一番の、ねがいごと?」
「そうだよ、僕らの願ったことを、無駄にしないでほしい」


笑ったジョウイは、ゆっくりと手を伸ばした。
僕の頬に貼り付いた横髪をそっと取り除く。
「――泣かないで、セノ。さあ」


「…………」


「……僕はもう、耐えることができない。多くの人の命を奪って、傷つけて……」
そう悲しげに笑ったジョウイを前にして、僕は、卑怯なことを言ってしまった。
まるで、僕じゃないみたいに、それは、とても、信じられない言葉が。
自然と、口から、出てきてしまった。

「逃げるの」

「っ」
「自分の、したことから、逃げるの、ジョウイ」
「……そうじゃ」
そうじゃない、と繰り返したジョウイの顔が、歪む。
苦しそうで、悲しそうで、その顔は見たくないけれど。
僕は――卑怯、だから。


大事なものを取り戻すためなら

僕は なんだってする

たくさんの人を裏切ったって かまわない


「逃げるんだ、紋章も全部僕に押し付けて、君は逃げるんだね」
「違う……そうじゃない、セノ、聞いてくれ」
「イヤだ」

死ぬ言い訳なんて、ゆるさない。

「セノ、君は……どうして」
「ジョウイを失わないためなら、僕はどんな卑怯者にもなるから」

もし君がそれで僕を嫌いになってしまっても、この世界のどこかに生きているならかまわない。




「好きだよ、ジョウイ」




それは。
君がずっと、僕に言ってくれた言葉。

僕が、何の意味もわからずに、ただありがとうとしか返せなかった言葉。


――今、君に返そう、その言葉を、ホンモノの意味と共に。


「好だよ」
繰り返そう、君がしてくれたように。
「ごめんね、ごめんね。ずっと、意味がわからなかったんだ」
ゲンカクじいちゃんやナナミが言ってくれる「好き」は、ジョウイの言ってくれたのと違っていたんだと。
「何度も、何度も、言ってくれたのに」


――好きだよ


その言葉に、僕もだよと無邪気に返していた自分は、なんて無神経だったんだろう。
ジョウイの顔に浮かぶ寂しげな表情の意味を、何も汲み取らないで。

――今更、だけど、それでも言いたい。


「好きだよ、ジョウイ、だいすき」
だから。
「誰に、なんて、言われても、僕はジョウイが隣にいれば、生きててくれればそれでいい」

世界の平和より、大事なこと。
それは、目の前にいる人のすべて。


「君が、僕に言ってくれた分まで、返したいんだ」

好きだよ
その言葉を、何度でも、君に言いたい。
届かなくても、言いたい。

「おねがいっ……ジョウイ」

必死の思いで訴えて。
それから、右手が熱くなって、光って。


――目が見えるようになったら、目の前に座っているジョウイがいた。
体の傷も、全部消えていた。













ジョウイは呆然と、空を見て呟いた。

「僕は、この手で人々の命を……アナベルさん、ルカ=ブライト、そして多くの」
「言わないで」
とても久しぶりに、正面からジョウイに触れた。
抱きしめたジョウイの体は、最後にそうした時よりずっと痩せていた。
「罪は、重くても、僕がいるから」
「……このジョウイという名を捨てても、僕は僕でいられるだろうか」
「足りないなら、僕も捨てるよ」

名前も、故郷も、思い出も。

君の存在に比べたら、小さなものばかりだから。

「だから、ね」

必死の思いで見上げると、ジョウイはその厳しかった顔にほんのわずかな表情を浮かべて、僕の頭をそっと撫でた。


「……ありがとう」


ぽつりと、呟いたジョウイは僕を見て笑った。
「困ったな、これじゃあ僕はもうあと一つの言葉しか言えないじゃないか」

そう言って、ジョウイは立ち上がって、僕の手を引いた。


「行こうか」
「……うん」




もう僕は、ついていく背中を間違えない。
引かれる手を離さない。





今度君が道を曲がる時は

僕も一緒に曲がるから
 

 

 





***
……シリーズ通して屈指の名(ホモ)シーンをお送りさせていただきました。
セノの中の ジョウイ>平和 を書きたかっただけかも。
ギャグであんまりな扱いが多いので、愛されてるんだよって
……一応。
本当のメインはこの後のシュウの気もしますがジョウ主なので割愛。

書くたびにセノの性格が違いますが、今回は違いすぎ。