シュウに用事を言いつけられて出ていたビクトールとフリックが帰還して、広間に入ると、珍しく……というか初めてルックが向こうから近づいてきた。
フリックは天変地異の前触れかと顔を引き攣らせ、ビクトールは出迎えか、と呑気に聞く。
それに答えず二人の前まで歩いてきたルックは、数秒二人の顔を見てふっと笑うと、横を通り過ぎて外へ行ってしまった。

「……何なんだ?」
「さぁ……」
あのルックが笑うとは。
余程いい事があったのか、それとも。
「なぁ、ビクトール」
なんか物凄く嫌な予感がするのは気のせいか?

妙に含みがあるように見えたルックの笑みに、そこはかとなく未来予想をして、悪寒が走るのを止められなかった。





<かつての星>





シュウに報告をしていると、バタンと勢いよく扉が開かれた。
ぱたぱたと聞こえる軽快な足音に、ビクトールとフリックは小さく笑いを漏らす。
「フリック! ビクトール! おかえりなさい」
「ああ」
「セノも元気そうだな」
がしがしと髪を乱暴にかき回されて、セノは嬉しそうに笑う。

ルカとの闘いも終わって、戦況は一段楽している状態だ。
ハイランド側にその内何らかの動きがあるだろうが、この闘いがもうすぐ終わりそうな今、セノも背負っていたものが軽くなったのだろう。
一時期見せていた痛々しい姿は成りを潜め、年相応の顔をしている。
「シュウ、報告はもう終わり?」
「ええ、そうですね」
「じゃあ、迎えに行ってきていい?」
「迎え?」
「シュウが人を連れて行かないと危ないから駄目って。ルックに言ったら二人に付いていってもらえばいいって言ったから」
あ、でも帰ってきたばかりで疲れてるよね。
じゃあまた今度のがいいのかなぁと言うセノの頭に垂れた犬耳が見えたような気がした。

セノが誰を迎えに行こうとしているのか知らないが、よほどその人物に懐いているようなのが、今のセノの様子を見るだけで分かる。
フリックとビクトールは顔を見合わせて肩を竦めた。
「ま、簡単な偵察だったから体力は余ってるしな」
そう言うと、ぱっとセノの顔が輝いた。
「ありがとう!」
「で、どこまで行くんだ?」
えーとね、グレッグミンスター。
その聞き覚えのある地名に、ぴき、と一瞬空気が凍った。





グレッグミンスター。
トラン共和国の首都であり、かつての解放戦争に参加していたフリックやビクトールにとっての知り合いが今も多くそこには住んでいる。
決していい思い出があるとは言えないが、それでも復興した都市は明るく賑わっているらしい。
「らしい」というのは、戦争が終結してから一度もグレッグミンスターに足を踏み入れていないからだ。
入ったら、会ってしまいそうで。


「……でも、まぁ、三年前に出奔してから戻ってないっていうし」
フリックは自分に言い聞かせるように呟く。
そう、三年前、戦争が終わると同時に姿を消した英雄は、未だ行方知れずという。
彼のことだからどこかでのんびりしているだろうと生死の心配はこれっぽちもしていない。
していないが、どこかで鉢合わせやしないかと戦々恐々としていた。
行方知れずなんだから、グレッグミンスターにいるはずがないのだ。

「フリックー?」
「……ああ、悪い」
怪訝そうな顔をしていたセノに応えて、フリックは目線をあげて街並みを眺める。
霧がかかっていたあの日とは違い、からりと晴れた空の下、大勢の人が道を歩いていた。
絢爛とした通りは、最早戦争の名残を留めない。


そんな中、大通りから一歩外れた道に入り、三人は大きな門の前にいた。
周りの家とは明らかに違う佇まいだ。
「セノ、ここか?」
「そうだよ」
おじゃましまーすと鉄製の門をくぐり、セノは庭を一直線に横切って玄関へと向かう。
その慣れた行動に、すでに何度もこの家を訪れているのが分かる。
「どうみても貴族……だよなぁ」
「それならセノが迎えに来るってのも分かるが」
解放軍軍主がわざわざ迎えにくるってのもすごい。

さて一体どんな人物なのかと興味を抱きながら屋敷へと足を踏み入れた二人は、出迎えた家人を見て呼吸を止めた。
「フリックさんにビクトールさん?」
「なんだって!?」
「……おお」
出迎えたウェーブのかかった金髪を結わえた長身の男性――グレミオの声に反応して出てきたクレオとパーンが目を見開く。
「……お、まえ、ら」
「お二人ともご無事だったんですね」
「全く、無事なら連絡のひとつも寄越せ」
「死んだと思ってたぞ」
「あ、お知り合いだったんですか?」
「ええ、三年前にご一緒したんです」
今回も参加なさってたんですねとのほほんと言うグレミオに、フリックとビクトールはセノへと視線を向けた。
「……セノ」
「はい?」
「お前の、迎えにきた、奴って」

「僕が何か?」

頭上から降ってきた声に、今度は呼吸どころか心臓まで止まりそうになった。
たんたんと一定のリズムを刻みながら、彼が階段を降りてくる。
ひらひらと緑と紫のバンダナが揺れる。
黒の瞳が二人の姿を見止めて細められ、口元が引かれた。

「久し振りだねぇ、フリック、ビクトール」
絶対零度の声音に凍った二人へと足音は近づいてくる。
顔に浮かべられているのはかつての軍主スマイル、ただし人を惹き付けるバージョンではない。
「三年振りの再会に、かつての仲間に挨拶もなし?」
「オヒサシブリデス」
「オゲンキソウデ」
「うん、元気だよ」
あははははと笑ってシグールは二人の肩に手を置く。

なんかみしみし聞こえますシグールさん。

「三年間、なんら連絡もしなかったのは何か理由でもあるのかい?」
「……お前だって、行方くらましあてててててっ」
「僕は崩れてく城の中に残ってそのまま生死不明状態になったわけじゃないからいいの」
そう断言して、シグールはセノに笑顔を向ける。
「さ、それじゃ行こうか」
「はい」
「坊ちゃん、夕飯までには戻ってきてくださいね」
「うーん……今日は積もる話もあるから少し遅くなるかもねv」
二人の肩を掴んだままにっこりとのたまった彼とは対照的に、フリックとビクトールは顔を引き攣らせていた。

 

 

 

 



***
この二人を真面目に書くって難しい。