<呪いの中にも祝福を>
嫌な予感が していた
たとえば 竜が治らないとか
月下草が 見つからないとか
そういう 胸騒ぎではなくて
「月下草ってのは、これのことかな?」
先頭を歩いていたフリックが足を止めて、少し先に生えている草を指差す。
見慣れない形状のそれは、確かに説明されたものと一致した。
同意するミリアとともに、一歩前に進もうとした瞬間、光が満ちて、そこに記憶に残る人物が現れた。
それは、宮廷魔術師の。
「よくここまで来たわね。でも月下草を持って帰らせるわけにはいかないわよ」
「誰だか知らないが、こっちは苦労してここまで来たんだ! こいつはもらっていくぞ!」
見知らぬ怪しい相手にかみつくフリックを冷笑して、ウィンディは艶やかに微笑む。
「おやまあ元気な青年ね。でも、私はシグールと話をしているの。静かにしていてね」
ぴしゃりとやり込められたフリックがなお何か言おうと口を開くのを、すっと伸ばされたシグールの指が止めた。
「さあシグール。そろそろ解放軍ごっこも飽きたでしょう、あなたのその右手の紋章、ソウルイーターを渡してもらいますよ」
目的はわかっている。この、右手の。
呪われた、紋章だ。
親友が最後の望みを託した、この紋章。
「そんなに怖い顔をしないで、シグール。力ずくで奪ったりしないわ。そうね、もうちょっとエレガントな方法よ」
余裕の笑みを見せるウィンディの、続かれた言葉に心臓が止まる。
「出ていらっしゃい、テッド」
光球の中から現れたその姿は。
同じ服で。
同じ顔で。
同じ声で。
同じ
「久しぶりだな、シグール」
笑った 顔 も
(――……違う)
緩んだ手を握りなおし、汗で滑る棍をシグールは構える。
違う。
テッドはこんな顔をしない、こんな、皮肉を湛えたような顔はしない。シグールにはしない、絶対しない。
「でも、俺だけ置いて逃げるなんて酷いことするなあ。まあ、許してやるよ。俺とお前の仲だもんな」
だけどその声は、本当に。
その顔も。
――本当に。同じで。
「さあ、お前に「預けた」紋章を返してくれよ」
カチリ、と、心のどこかでスイッチが入った。
違う。これはテッドじゃない。
よしんば――よしんばそうでも、これはテッドの心の声じゃない。
「俺はその紋章の力で三百年もの間老いることなく生きてきたんだ。だからそれがないと……だから、」
「ソウルイーターは返さない!」
相手に棍を突きつけてシグールは叫んだ。
いきなりのその行動に、左右のフリックとミリアがギョッとした顔をしている。
「テッドはそんなことを望んでいない、ウィンディ、テッドに何をした!」
「――何もしていないわよ、ただ彼の意思で、」
「嘘をつくな!!」
激怒したシグールの全身から、殺気と同じ怒気が放出する。
「テッドはこの紋章を守るために死を選んだのに、貴様は引き戻してこんな役割を担わせたのか!」
叫んだ瞬間、なぜかすっと頭から血が引いた。
軍主として鍛え上げられた月日が、シグールを激情から冷静な思考へと引き戻す。
こちらは六人、ウィンディとテッドは合わせても二人。
だけどテッドには今紋章がないから、実質――
――でも。
――倒せるか、テッドを?
テッドを? 今自我がないであろうテッドを? 父の時とは違う、信念に沿った戦いではない――テッドは望んでいないのに、無理矢理戦って、殺す?
コロス?
テッドを、唯一の友人を?
「テッドッ……」
呼びかけた声は、届かないのか。
「テッド……元に戻れよ、お願いだから……テッド」
呟くその言葉に、僅かに彼の薄茶の目の奥で何かが動いた、気がした。
「も、紋章が……」
誰かの声を隣で聞いて、シグールの意識が遠くなる。
――シグール……シグール……俺の声が聞こえるかい?
ああ、テッドの声だ。
――シグール、一生のお願いだ……
君、一生のお願いだなんて、何回したのさ。
でも、何度だって聞いてやる、だって、君は僕の。
――俺が、これからすることを、許してほしい……
「い、いまのは……テッド、早くソウルイーターを奪うのよ!」
狼狽したウィンディの意思に従って、テッドがシグールに歩み寄る。
「シグール、紋章を返してくれよ、嫌だというなら力ずくでも……」
「――渡さない」
ウィンディが笑い声を上げた。
「おや、じゃあテッドと戦うというのかい? 自らの手で、父親テオを殺め、付き人グレミオを死に追いやり、そして、今度は友達までもその手にかけるのかい?」
「そうだ」
棍をひゅんという音とともに、シグールはテッドの喉元へと突きつける。
血に染まってきた棍は、赤く、重い。
「父とグレミオの死があるからこそ、テッドにここで紋章を渡すわけにはいかない」
「おい、リーダー」
「下がってろフリック。手を出すな」
「シグール様っ」
「お前もだクレオっ」
一歩進んで、シグールは小さく笑みを作った。
「――テッドと、一緒にいた頃の僕じゃ、ないんだ」
血に濡れたよ、たくさん。
いつか会ったら、言いたかった。
「……これは、重かったね。今までご苦労様」
親しき人を喰らっていく、呪いの紋章。
「……うん、許すから。本当は許せないけど、親友の「一生のお願い」だから。許すから」
そう言ったシグールを見つめていたテッドが、目を瞬かせてから、声を上げた。
「さあ、ソウルイーター! かつての主人として命じる! 今度は俺の魂を盗み取るがいい!」
赤い光がテッドを包み、そして彼は、音もなく、倒れる。
「そうだ……それでいい……自分の自由にならない命なら……俺は、そんなものはいらない」
僅かに熱をもったソウルイーターを感じながら、シグールは微動だにしなかった。
予想外の事態にウィンディは舌打ちをして、身を翻す。
「いまいましい、いつかその紋章を私のものにしてみせるよ」
ウィンディが消え去ったのを見て、シグールがよろりと一歩だけテッドに近づく。
表情はさっきと同じで、怒っても泣いても笑ってもいない顔。
だからといって、表情がないわけではなくて。
倒れたテッドは、急速におぼろげになってゆく視界の中、ずっと追っていた緑と赤に向かって笑いかけた。
「そんな顔……するなよ。俺が選んだことだ……こんどこそ……ほんとうに……お別れだ……」
伸ばした手は届かない。
――ああ、動かしているつもりでももう動いていないのだ。
……俺は笑えている? 最後の最後に、大事な人に向かって笑えている?
「元気でな……俺の分も生きろよ……」
溜息のように口から出た最後の言葉を、シグールは唇を噛んで飲み込んだ。
瞼が落ちたその瞬間、彼の体は塵となって消えた。
「……これが、月下草ね……皆が待っているわ。早く、もって帰りましょう」
穏やかなミリアの声に、シグールはその場に背を向ける。
「シグー、」
「クレオ、おくすりある? 帰りに備えて各自回復を」
「――は、はい」
「ルック、急ぎたい、魔法を頼む」
「……分かったよ」
全員を率いてその場を去る時。
ほんの僅かに、シグールは顔を動かして。
目の端だけで、その場を捕らえた。
……いつか、自分も、会いに行くかもしれないから。
……さようならは、言わないから。
***
相方(浅月)のご要望。テッドの話inシークの谷。
事前情報0の初プレイの人はどれだけ阿鼻叫喚だったんだろうか。