<共に祝う日>
机の上に顎を乗せている友人を見て、テッドは苦笑する。
「いい加減帰れよ」
「ヤダー」
テッドの住んでいる家はこじんまりとした家だ。
ほどほどにシグールの自宅に近いので、シグールが来る事も多々ある。
……のだが。
外は既に暗い、とうに家に帰っているべき時間である。
夏なので冷え込む心配はないが。
「グレミオさんも心配してるぞ」
「ヤダ」
「シグール」
なんでそんな聞かんぼなんだと呆れたようにテッドは溜息を吐いて、こつんとシグールの頭を叩く。
「どうしたんだよ」
「……だってー」
ふて腐れたような顔をしたシグールがぼつぼつと口を開く。
「明日はテッドと会えそうにもないからさ……」
「何かあるのか?」
「んー……ちょっとね……」
いつになく歯切れの悪い友人に、違和感を覚えてテッドはシグールの正面に腰かけると、彼の顔を覗き込む。
「どうしたんだよ?」
「明日さ、僕誕生日なんだよね」
ちっとも嬉しそうではないその表情に、テッドは首をかしげる。
「それはおめでとう、っつーかもっと早く言えよ」
「嬉しくないよっ」
視線をテッドから逸らして、シグールは口を尖らせる。
「だってさ、顔もろくに知らない人がいっぱい来てずーっと話していくんだよ? つまんないよ」
「それは……」
ずっと昔、自分がしてもらった誕生日を思い出す。
ささやかに家族がそろって、テーブルを囲んで。
少し豪華な料理と、お祝いの言葉と。
それだけ、だったけど。
「……それは、つまんねーかもな」
「でしょ? だから、ね」
言葉を切ってシグールはにこりと笑ってテッドを見た。
「テッドに、お祝い言ってほしくって」
明日は抜け出せなさそうだったから、夜になったら帰ろうと思ったんだけど。
言い出せなくって、ごめんねと謝るシグールの頭を撫でて、テッドは微笑んだ。
「誕生日おめでとう、シグール」
「……ん」
わしわし頭をなでられて、シグールははにかむように微笑んだ。
「で、いくつになったんだ?」
「十五」
「そうか、十五か。大きくなったな」
「……って、まだ会ってから一年経ってないじゃん。テッドはいつ?」
そう聞かれて、テッドは戸惑う。
誕生日は、たしか。
「秋……だったかな、忘れた」
少し寂しげなその顔に、シグールは地雷を踏んだと悟る。
「……ごめん」
「いや、謝るなって」
テッドは、戦災孤児だと聞いた。
だから、もしかしたら家族の記憶とかもないかもしれないのに。
聞いちゃいけないことを聞いてしまったと罪悪感に押しつぶされそうになりながら、シグールは再びごめんねと呟く。
「や、だから俺は……その、忘れてるだけでさ、ほんとに」
「…………」
「ああもう、地雷じゃなかったって、俺だって家族と祝った記憶くらいある」
その言葉にふっと一瞬だけ視線を上げて、すぐに泣きそうな顔で繰り返す。
「……ごめんね」
祝った家族がいない事を思い出させてしまった。
そう思って益々シグールの顔は暗くなる。
「ああもうっ、俺は別にいいの誕生日なんてなくても!」
そう言ったテッドに顔を上げたシグールが、そんなことないだろっ、と語気強く反発した。
「誕生日は大事だよ! だって、生まれてきてくれてありがとうって祝う日だよ!」
二の句が次げないテッドに、シグールは続ける。
「僕はテッドが生まれてきてくれた日を祝いたいの、誕生日は絶対大事だよ! なくてもいいなんて言わないで!」
叫びに近い声の大きさでそう言っている間に、目尻に涙が浮かぶ。
「そんなこと言ったら、まるで、テッドが生きてる意味なんてないみたいじゃないか……」
「ちょっ、おい」
俯いたシグールに慌ててテッドが駆け寄る。
ぼとりと大きな水滴がテーブルの上に落ちた。
「テッドはここにいるじゃないかっ、僕の側にいてくれるんだろっ、だから誕生日祝うの、なきゃダメなの!」
ぼろぼろ涙を流しながらテッド服の裾を掴んで、引っ張り叫ぶシグールに、目元を和ませてテッドはそうか、と返す。
「そうだよっ、だから誕生日なくてもいいなんて言わないで!」
「ああ、わかった、悪ぃ」
「……違う、謝ってほしいんじゃなくて」
「わかったから、落ち着け、な?」
ゆっくり声をかけられて、シグールはこくりと頷くと、テッドの服で涙を拭う。
落ち着いたか? と暫くしてから声をかけられて、うんと小声で返事を返す。
「なら行くぞ」
「どこに?」
「お前の家。今日は俺も泊めてもらう、いいだろ?」
その言葉に破顔してシグールは立ち上がった。
すぐに家を飛び出していった彼を追うために、テッドはランプを消すと戸締まりを確認する。
「テッドー」
「ん?」
「明日も一緒にいてくれる?」
「ああ、お前の誕生日だからな」
えへへ、と嬉しそうに笑うシグールが、足取り軽く数歩先を行く。
そんな彼をの後姿に、テッドは足元に気をつけろと声をかけた。
「テッド」
「なんだ?」
「テッドの誕生日、思い出したら教えてね」
「……ああ」
「そしたら、僕が最初におめでとうって言うからね」
「……ああ」
***
1の前の坊はこんな性格でした。
よく泣きます怒ります笑います、裏表がありません素直です人を覗います世間知らずです可愛いです。
再会後の適応ぶりを見ると、テッドはすごいとしか思えません。
どこからあんな腹黒になったのでしょうか、個人的にはグレミオの死〜テオ死亡かな。