<葛藤>





戦いが終わるとその人はすぐに帰ってしまう。
今日は、どうしても尋ねたい事があったのに、軍師に捕まっていたせいで、遅くなってしまった。
「もうっ、シュウのバカっ」
よりによって今日じゃなくてもいいのにと、きょろきょろ左右に視線をやりつつ、目的の人物を探していて。

「あ、シグールさんっ!」
見つけた赤い服の人物に手を振り、セノは駆け出す。
途中勢い余って転びそうになったのを、さっと手をのべたシグールが助け起こしてくれた。

「大丈夫かい?」
「ありがとうございます」
「何か用事かな?」
「えっと――……その、今日はありがとうございました」
ぺこりと頭を下げるセノをなでて、シグールは暗くなっていく空を見上げる。
戦いが終わってから真直ぐに帰ればよかったのだが、腐れ縁の知人に捕まって、ついさっき釈放されたのだ。
暗い道の中帰るのは全くもって危険ではないが、グレミオが逆に心配するだろう。

そこまで考えると、シグールは笑みを浮かべて軍主へと向きなおる。
「今日は泊まってもいいかな?」
「あ、はいっ」
用意してくれるように言ってきます、とぱたぱた走り去っていったセノを笑顔で見送って、シグールはその笑みのまま背後を振り返らずに問う。
「で、僕を足止めして何させる気なんだいルック」
「…………」
「この僕をただ働きさせようとはいい度胸してるね?」
「……レックナート様の所から掠め取ってきた三十年ものワイン」
「よし、あとで僕の部屋にもってこい」
はあ、と背後から聞こえる溜息は聞かなかった事にして、シグールは踵を返した。

















ワイン片手に楽しんでいると、コンコンと扉にノックが響いた。
「開いてるよ」
「シグールさん……」
「セノ、どうしたの?」
部屋にあった椅子を勧め、彼が浮かない顔をしているのに気付く。
あのルックが軍主の落ち込んでいる事を気にかけるとは、なんたる成長だ三年の年月は恐ろしいなとしみじみ感じいっていたのだが、後日判明する事実は違う所にあった。
「……僕は、おかしいんですか?」
「?」
「敵が来ると、少しだけ嬉しいんです」
「え?」
「もしかしたらいるのかもしれないって思うから」
それが誰を指しているかなんとなく見当がついて、シグールは苦笑した。
なんでも敵の大将は、彼の幼馴染らしい。
「僕が戦ってるのを見てるかもしれない、そう思うと嬉しいんですっ……」

争いは嫌だ。
犠牲は出したくない。
誰も傷つかない方法を探して。
作戦をたてるごとに必死に軍師にそう訴えるセノの言葉は本音だろう。
事実セノは軍主になるには優しすぎるとシグールは思っていた。
彼は相手を思い遣り過ぎる。いつかそれで手酷く傷付くだろうに。

「少しでも繋がっていたいって……今のままだと死ぬかもしれない、僕もジョウイもっ」
「…………」
「でも僕が軍主を辞めたら、そしたらジョウイは僕以外の人と戦うんだっ」
俯いたセノは、シグールが声をかける前に、振り絞るような声で言う。
「……そんなの、嫌だ……」
「――セノ」
「僕以外の人がジョウイと戦うなんて、そんなの、嫌だ……」
「……セノ」
「……大切な人を、殺してしまうのは、怖い、です」
「……うん」
「でも、僕の知らないところで殺されるのも、嫌、です」
「そうだね」

「僕は、どうすればっ……」


 シグールは自分の右手を軽く上げて見せた。
 それが何を指しているか分かったセノは、彼の顔を覗う。

「この中には、父と親友が入っている」
 静かな声でシグールは微笑みを絶やさず告げた。
「僕は二人とも殺した。この手で」
「……っ」
絶句し口元を押さえたセノに、シグールは語りかける。
「選べるんだったら僕は、絶対嫌だよ。でもね、セノ。よく考えて」
伸ばされた指はゆっくりとセノに触れ、彼の両目を軽く覆う。
「君だったら、どうかな?」
「僕……?」
「君は、君の大切な人と戦って死ぬか、全く違う人と戦って死ぬか」

どっちがいい?
静かな声で問われて、セノは暗闇の中で呟いた。

「僕は……ジョウイと、戦うのは、嫌、です……」
「……ならそれがきっと君の答えだよ」

セノから手を離して、シグールは微笑む。
俯いたままのセノに、静かな声で笑った。


「迷うといいよ、本当の答えなんてきっとない」
「ない、ですか……」
「うん、セノが選んだ道が正しい道だと、僕も皆も思うからついて行く。君は君らしくしてればいい」

こくりと頷いたセノが部屋を出て行くと、グラスに残っていたワインを空け、シグールはふうと溜息を吐いて呟いた。



「戦うのは嫌、か……この期に及んでそれが言えるとは、君はスゴイね」
三年前、完全に麻痺していた自分を思い出す。
「ま、最悪でもあの子だけは、守ってあげないとね……」
きっと生きていればいい事があるんだと、今は本当に思えるから。
 

 

 

 

 

 



***

シグール「君がついに人を思いやれるとは」
ルック「
……石版のところで毎日毎日べそべそ煩かったから」
シグール「
…………
ルック「
…………
シグール「ワイン美味しかった」
ルック「あ、そ」